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医療

超高齢化時代を生き延びる!
「サイエンス×ICT」の可能性

2016年7月25日

2025年に「団塊の世代」は75歳以上となって総人口の30%以上に達すると見込まれており、我が国は超高齢化社会を迎える。がんや生活習慣病、認知症など、高齢者における疾病の頻発は、もはや避けられそうにない。そうした時代に向けて注目されるのが、疾病リスクをビッグデータから予見する、サイエンスとICTを融合した疾病リスクの低減(=健康寿命延伸)策である。

日常生活データを生かした
0次予防(先制医療)の強化

伝言を中心としたシンプルな機能で、いつでも、どこでも、“家族の絆”を深める小さなコミュニケーションロボット「BOCCO(ボッコ)」。京都大学と滋賀県長浜市、さらに日本ユニシスなどの民間企業が共同で推進する「ながはま0次予防コホート事業」(通称:ながはまコホート)において、このBOCCOが大きな役目を担っている。

ユカイ工学が開発したコミュニケーションロボット「BOCCO」。
付属の無線センサーが検知した動きをスマートフォンに通知する見守り機能を備える。

「0次予防」とは、「先制医療」とも呼ばれる新しい医療の取り組みだ。一人ひとり固有のデータを解析することで、その人がどのような病気になりやすい体質なのかを調べ、より効果的な健康指導や治療的介入を実施し、発症を防止したり、遅らせたりする。

これまでの予防医療では、主に健康診断や診療、ゲノムなどの情報が活用されてきた。これに加え、BOCCO本体と付属の無線モーションセンサーを利用して、対象者の日常生活にまつわる活動や心拍の変化など多様なデータを収集することで、高齢者の見守りや病気の発症リスクの低減に大きく貢献すると期待されているのである。

ではなぜ、それほどまでに日常生活のデータが重要なのだろうか。医学の世界では、細胞やマウスなどの動物モデルを用いた疾患研究が世界中で精力的に行われており、実験レベルでは病気が治っている。ところが、その成果をヒトに応用して効果的な薬が開発されたり、病気の根治法が見つかったりする例は、実際には非常に少ないのだという。

ゲノムから表現型までの道のりは遠い

出典:京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センター

京都大学大学院医学研究科の教授で、同研究科附属ゲノム医学センター長を務める松田文彦氏は、このように話す。「画一的なバックグラウンドを持ったモデルマウスと違って、ヒトの場合はその多様性(遺伝や環境・生活習慣)を十分に考慮した戦略なくして、疾患の克服は困難です。従って、大集団の長期観察(ゲノムコホート研究)と生命ビッグデータ解析が極めて重要なアプローチとなります」。

代謝物質から疾患を読み解きより正確な予防医療を実践

一方、生体内に存在する様々な代謝物質を手がかりとした、「メタボローム(代謝物質)解析」と呼ばれるアプローチを、山形県鶴岡市にある先端バイオ産業集積地「鶴岡サイエンスパーク」を拠点に展開しているのが、同手法の“名付け親”であり、世界的第一人者として知られる、慶應義塾大学先端生命科学研究所の所長、冨田勝氏だ。

ゲノムが個体としてのヒトの体質を左右することが知られているが、その情報は一生不変の静的なものであり、何らかの疾病に対して「今どれくらいのリスクを抱えた状態にあるのか」といったことまで判断することはできない。

これに対して、例えば血液をメタボローム解析することで、1000種類以上の代謝物質の量を一度に測定することができるのだが、そのうちの200種類ほどは数時間といった短いサイクルでも変化する。「すなわち、1日における朝昼夜の微妙な体調の変化もモニタリングできるのです」と冨田氏は語る。特定の疾患と代謝物質をひも付けることができれば、血液からより正確な診断が可能となるわけだ。

「究極の成分分析技術」ともいわれるメタボローム解析は、微量の液体の中に含まれる数千種類の物質の量をわずか30分で計測することができる。
<主な受賞歴>
・先端技術大賞日本工業新聞社賞(2003年)
・産学官連携推進会議
・科学技術政策担当大臣賞(2004年)
・バイオビジネスコンペ最優秀賞(2005年)
・文部科学大臣表彰(2007年)
・全国発明協会会長賞(2009年)
・日本バイオベンチャー大賞(2015年)

実際、冨田氏が創業したバイオベンチャーのヒューマン・メタボローム・テクノロジーズは、うつ病を判断するバイオマーカーとして「エタノールアミンリン酸」という代謝物質を特定し、日本のほか米国や中国でも特許を取得している。

「様々な疾病で同様のバイオマーカーが特定されれば、予防医療はより現実的なものとして大きく前進すると確信しています」と冨田氏は語る。

10人中10人に効く薬を目指す
プレシション・メディスンを提言

がんをはじめとする治療の領域では「プレシション・メディスン(精密医療)」と呼ばれる個別化医療を目指した研究も進んでいる。製薬会社エーザイのコーポレートビジネスディベロップメント 執行役を務める医学博士の鈴木蘭美氏は、「そこで理想とするのは、薬が10人中10人に効くことです」と語る。

決して非現実的な構想ではない。例えば麻酔やアドレナリン、C型肝炎の抗ウイルス剤など、実際に10人中10人に効く薬はすでに存在している。

特定の治療が効かない患者を事前に選別し、そもそも効かない薬は投与しないことで、治療の効果を高めるとともに、無駄な医療費を削減することができる。そのために必須となるのが「エビデンス」である。例えば、がんの治療薬などは患者本人にとって薬の効果がすぐに分からないこともあるが、画像やバイオマーカーのデータを時系列に蓄積することにより薬の効果は可視化できる。

「エビデンスを収集することで薬の効果を可視化できれば、効いていない薬はすぐにやめて他の薬に移行することができます。また、将来的には事前調査によって、その人に効く薬を最初から選択できるようになります」と鈴木氏は語る。

プレシジョン・メディスンの理想像

出典:エーザイ

では、そうしたエビデンスをどうやって収集・活用することができるのか――。2014年6月、健康情報システム協議会が中心となり、人々が安心して個人の健康情報や試料を自発的かつ継続して提供する仕組みを実現すべく、「健康情報信託(仮称)」の創設に向けた建白書を取りまとめて安倍内閣に提言したという。

そして、超高齢化社会の到来を間近に控え、日本ユニシスとしても鶴岡サイエンスパークに開設した総合技術研究所の分室も活用し、ここまで紹介してきたような0次予防やメタボローム解析、プレシション・メディスンなどの取り組みを、ICTによって積極的に支援していく構えだ。

日本ユニシス総合技術研究所の所長を務める羽田昭裕は、「慢性疾患は体内の微小な変化が時間とともに蓄積され緩徐に進行するため、ヒトの誕生から死までの時間経過の中で、体質の多様性や老化といった正常の生命活動とともに病気を理解する縦断的アプローチが不可欠です」と語り、研究プロトコールを効率的・効果的に定義するための仕組みづくりを進めている。

研究プロトコールと研究者・解析者の行動

出典:日本ユニシス総合技術研究所

ゲノムとオミックスの網羅的解析、食生活や生活習慣の追跡調査、法令・ガイドラインへの対応などで必要となるメタデータを、半自動で抽出するシステムとして整備しているもので、2030~2050年の未来像を描きつつ、“ゲノム情報×予測”をベースとしたライフサイエンスを確立していく考えである。