close

イノベーション農業革新

「農業×ANY=HAPPY」で目指す幸せづくり
共創が生み出す農のイノベーション(前編)

2016年9月26日

298

静岡県菊川市に農業ベンチャー企業、エムスクエア・ラボが設立されたのは2009年のこと。機械やロボットなどの研究開発に携わっていた加藤百合子氏が、農業の面白さ、奥深さに感じ入って創業した会社だ。主力事業はベジプロバイダー事業。生産者と購買者をつなぐことで、関係者すべてがハッピーになれる仕組みづくりを目指している。

農業の面白さに気づき
ベンチャーを起業

静岡県は東西に長い。その西部、静岡市と浜松市の真ん中あたりに菊川市がある。人口は5万人弱で、製造業とともに農業も盛んな地域だ。そんな菊川市の中心部に、エムスクエア・ラボという小さな会社がある。

エムスクエア・ラボが注目を集めたきっかけは、日本政策投資銀行(DBJ)が2012年に発表した「第1回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で、社長の加藤百合子氏が大賞を受賞したことだ。第1回ということもあって、審査のファイナルステージには有名な女性起業家が何人も顔をそろえた。そんな中、加藤氏は「ベジプロバイダー」という事業プランで大賞を勝ち取った。

そのコンペティション資料では、「持続可能な農業を目指して、畑から食卓まで、おいしいと安心を人とITで高効率につなぐ」――とベジプロバイダー事業を紹介している。

エムスクエア・ラボ 代表取締役
加藤百合子氏

エムスクエア・ラボの設立は2009年。加藤氏は次のように振り返る。

「2007年ごろから、個人事業として産業用ロボットの研究開発をしていました。そのうち、農業ロボット関連の依頼を受けて、農業に関わるようになりました。農業のことは何も知らなかったのですが、やってみるとすごく面白い。以前は『かわいそうな産業』というイメージだったのですが、とんでもない。強い農業者、もうけている農業者も少なくありません。ただ、様々な仕組みややり方が時代に合わなくなっているとも感じました。自分にできることがあるのではないかと思い、2009年にこの会社を立ち上げました」

加藤氏は農業の面白さや可能性を、1つの方程式で表している。「農業×ANY=HAPPY」である。

「ANYは何でもいい。ロボットやIT、工業、メディア等々、あらゆるものが入ります。他の産業や技術と農業を掛け合わせることで、結果として、関わった人たちが少しずつ幸せな気持ちになれるようなモデルをつくりたい。これからの農業には大きな可能性があります」(加藤氏)

長期的な信頼関係をベースに
農産物の流通を変える

ベジプロバイダー事業は、生産者と購買者(小売・卸、飲食店、食品加工メーカー)をつなぐマッチングビジネスである。エムスクエア・ラボは仲介者として手数料を得る。これにコンサルティング事業を加えて、2本柱で同社の経営を支えている。

エムスクエア・ラボが運営するベジプロバイダー専門ページ
厳選食材の案内や生産者の動画などを紹介している。

ベジプロバイダー事業のコンセプトが生まれたきっかけは、売掛金の未回収だった。

「最初は農家の依頼を受けて、作物を小売店などに販売することに軸足を置いていました。売り上げは順調に拡大していたのですが、あるとき、販売先が夜逃げをしてしまって。売掛金を回収できず、困って周囲に相談しました。すると、痛い目にあった人たちが結構いる。なぜ、こんなことがしょっちゅう起こるんだろうと考えました」(加藤氏)

このような状態のままでは、農業はダメになる。新しい仕組みをつくりたいと、加藤氏は思った。これが、ベジプロバイダー事業の始まりである。

「なぜ夜逃げのようなことが起きるのだろうと、原因を考えました。農家から消費者に届くまでのプロセスのどこかで、それが農作物からお金に変わってしまうからではないか。お金を扱っている感覚だから、切った張ったの取引になってしまう。取引を長続きさせるためには、しっかりした信頼関係が不可欠です」(加藤氏)

こうして、生産者と購買者、エムスクエア・ラボで構成されるチームという発想が生まれた。同社は農家の経営相談に乗る一方で、飲食店のメニュー開発に参加したり、小売・卸の経営に立ち入って議論したりする。「すべてさらけ出して、みんなで一緒にやりましょうということ」と加藤氏は言う。チームは強い信頼関係をベースにした、透明度の高いビジネスエコシステムである。

ベジプロバイダー事業を続けるうちに、同社のビジネスモデルは販売代理から購買代理へとシフトしていった。現在では、ほぼすべてが受注生産。レストランや小売店などからの注文が先にある。以前は在庫リスクを気にかけていたが、その心配はなくなった。<後編につづく>

加藤百合子(かとう・ゆりこ)

1974年千葉県生まれ。東京大学農学部を卒業後、英クランフィールド大学で修士号取得。米国でNASAのプロジェクトに参画した後、帰国。キヤノンに入社。結婚を機に静岡に移住。産業用機械の研究開発に従事。2009年、エムスクエア・ラボを設立。2012年、「ベジプロバイダー事業」で日本政策投資銀行(DBJ)が開催した「第1回DBJ女性新ビジネスプランコンペティション」で大賞を受賞。信州大学客員教授。中央・地方行政の審議会委員を多数務めている。

298