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AI(人工知能)教育

AIは教育をどう変えるのか(後編)
産学連携で進む「AI×教育」研究の最前線

2017年2月24日

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「AI×教育」の研究が結果として明らかにするのは、「AIと教師の共存」という未来の構図である──。プロジェクトのメンバーたちはそう口をそろえる。その「共存」の形とはどのようなものなのだろうか。

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「教える」から
「学ぶ行為を支える」へ

「AIの進化によって教師の役割が必要なくなるのではなく、教師の役割が変わる。そう私たちは考えています」とリクルート次世代教育研究院の小宮山氏は言う。

「これまでの教師の役割は、“教える”ことでした。しかし、AIのほうが人間より多くの知識を備えているのなら、その部分はAIに任せてしまってもいいはずです。それだけではありません。ある領域の知識に関しては、先生やAIよりも子どものほうが詳しいこともありえます。先生、生徒、AI。その3者がともに教え合い、ともに学び合うような教育現場を私たちはイメージしています」

リクルートマーケティングパートナーズ
リクルート次世代教育研究院 主席研究員
萩原静厳氏

そこで教師に求められるようになる能力は「ファシリテーションの力」であると話すのは、同研究院の主席研究員である萩原静厳氏だ。

「例えば、教室にとても物知りのヒューマノイド(人間型ロボット)がいて、生徒が質問をすれば答えてくれるようになる。そのときに教師に求められるのは、生徒の問題設定やAIとのやり取りを上手にかじ取りして、理解を深めるサポートをする力なのではないでしょうか」

生身の人間とAIが共存するハイブリッドな教育現場。東京学芸大学の松田氏もまた、そのイメージを共有している。

「これまでは、“教え方”がうまいことが教員に必要とされる力でした。今後はむしろ、“つなぎ方”のうまさが求められるようになるでしょう。ある分野の知識を得たいという学生がいれば、それに適した知識源と学生をつなぎ、知識を深めるサポートをする。それがAI時代の教員の重要な能力の一つであると考えられます」(松田氏)

「教える」のではなく「学ぶ行為を支える」。それが次世代の教員の役割であると松田氏は言う。未来の教師は、いわば「学びのコーディネーター」あるいは「コンサルタント」の役割を果たすようになるだろう、と。

ファシリテーター、コーディネーター、コンサルタント──。表現は様々だが、教師は「調整役」になるべきであるという点において、プロジェクトのキーパーソンたちの見方は共有している。これは逆に見れば、これからの教育には懇切丁寧な「調整」が不可欠であるということでもある。

リクルートマーケティングパートナーズ
リクルート次世代教育研究院 院長
小宮山利恵子氏

「高度経済成長の時代には、均一な工程で均一の質の製品を生み出す能力が優先されていました。教育も以前は、その均質性を支えるものとして構想されていたわけです。しかし、社会がより複雑化し、より広範な能力が求められるようになるこれからの時代に必要とされるのは、均質性ではなく多様性です。教育もまた、必要性や関心に応じて個々人が選択できるようにならなければならないはずです。その選択を丁寧に導いてあげるのが、教師の役割になるのではないでしょうか」(小宮山氏)

多様なカリキュラムの中から知りたいこと、学びたいことを選択し、それによってこれからの社会で「生きる力」を身につけていく。そのような新しい教育において求められるのは、教師とAIとが仕事を取り合うことではなく、強力なパートナーシップをつくっていくことだ。豊かな専門性を備えた「知識の達人」としてのAIと、きめ細かな調整力を備えた「コーディネートの達人」としての教師。現在はまだイメージにとどまっているそのパートナーシップのあり方が、今後プロジェクトが進んでいく過程で明らかになっていくはずだ。

コンテキスト全体を
いかにプロデュースするか

教育分野に限らず、AIが将来的に人間の活動のある部分を代替していくことは間違いないだろう。しかし、その論点自体に松田氏はそれほど意味を見いだしてはいない。

東京学芸大学 副学長
松田恵示氏

「AIに人間の仕事が取って代わられること自体よりも、取って代わられることによって起こることをどう人間がプロデュースしていくかという視点のほうがはるかに重要であると思われます。AIが人間の仕事を代替したときに、どのような課題が生まれ、それをどう解決していかなければならないのか。そのいわばコンテキスト(文脈)の全体を考えていくことは、当面の間、人間だけが果たすことのできる役割であり続けるはずです」

もっとも、それもあくまで「当面の間」のことだ。自ら学習する力を身につけたAIは、時間はかかっても、いずれコンテキストを読み取る力も備えるようになるだろう。そう松田氏は言う。

「先の先までを予測して、その見通しに一喜一憂するのは建設的ではありません。現在進行しているプロセスに対応し、事態が進行するのに応じてさらに先を見ていく。AIのような未知のテクノロジーに対しては、そのような思考法で臨むのが正解であると私は考えています」

30年後の教育の未来を的確に言い当てようとするよりも、今できることに現実的かつ具体的に取り組むことで、結果として確かな未来が見えてくる。それがこのプロジェクトの隠れたコンセプトといえるかもしれない。例えば萩原氏は、こんな「具体的な」見通しを示している。

「これまで私たちは、データをオンラインで収集し分析してきました。このプロジェクトの中でリアルな教育現場のデータが蓄積していけば、オンラインとオフラインのデータを統合することが可能になります。そこから学びの進化の方向性や、新しい時代の教員のあり方がより鮮明に見えてくるはずです」

AIの進化は、「人間とは何か」という問いを逆説的に私たちにつきつけている。「人間がこの世に生きる」という根源的な力を育む営みが教育なのだとすれば、「AI×教育」というテーマを追究するプロジェクトは、結果として「AI×人間」というさらに広いテーマを考えるヒントを提供することになるだろう。この産学連携のプロジェクトは、私たちに「教育」と「人間」に関するどんな新しい考察を提供してくれるのか。

共同研究の最初の成果は、5月に開催されるシンポジウムで発表される予定だ。まずは、その内容に期待したい。

◎シンポジウム『人工知能(AI)社会における「生きる力」とは何か?』

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