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教育異業種連携

業界の未来のために――ハイブリッド黒板アプリ「Kocri」ができるまで
老舗メーカーが挑んだイノベーション創出の舞台裏

2016年12月22日

スマホに教材を取り込んでおけば、プロジェクターを通じて黒板にあらゆる写真や動画の投影が可能。原稿用紙のマス目や音楽の五線譜、数学の図形などもスマホの操作一つで、表示するのも消すのも自由自在だ。これは、黒板メーカーの老舗と、気鋭のデジタルコンテンツ制作会社がタッグを組んで生み出したハイブリッド黒板アプリ「Kocri(コクリ)」によるもの。開発を一緒にやりたいと思った企業と協業したことで、老舗メーカーからイノベーションが誕生した。

アナログとデジタルが融合した
新しい黒板を生み出す

学校で最も使われているツールといえば、間違いなく黒板だろう。見た目や使い方は昔も今も変わっていない。しかし、黒板メーカーにとってはこれこそが悩みの種。学校にはなくてはならないものだが、進化をしない製品の市場価値は低下するばかりで、価格はどんどん安くなっている。

「そこで当社では、2009年に政府から発表された『スクール・ニューディール』構想※に乗り、電子黒板の取り扱いを開始。2020年までに全国の小・中学校の教室に電子黒板を普及させるという国の施策目標も追い風となり、電子黒板事業は順調に伸びていきました。しかし、私としてはもろ手を挙げて喜ぶという気持ちにはなれませんでした」と、黒板メーカーのサカワで常務取締役を務める坂和寿忠氏は語る。

株式会社サカワ
常務取締役
坂和寿忠氏

その理由として坂和氏は、電子黒板の活用率の低さを挙げる。電子黒板は教育の現場から大きな注目を集めていたが、1台50万~100万円と非常に高額で、全教室への導入には二の足を踏む学校も多かった。理科室や音楽室など特別な教室にだけ導入され活用も進まない。日々の業務に追われる教師たちは、電子黒板の使い方を学ぶ時間的な余裕もないようだった。

「電子黒板は非常に多機能である分、よほどICT(情報通信技術)に精通していないと使いこなしにくいという一面もあったんです。このままでは黒板業界にとって、電子黒板のブームが去った後の道がないと感じました」(坂和氏)

ICTとは、誰もが使えて生活が便利になるもの。この点を追求した、新たなアプローチが不可欠であると坂和氏は考えた。そこで、授業風景に再度目を向けてみると、やはり教室で一番使われているツールは黒板、そしてチョークだった。電子黒板が導入されている教室でも授業の大部分で黒板が用いられ、映像など特殊な教材が必要なときのみ、電子黒板の前に移動して使うという具合だった。

“板書する”という文化が根付いている教室では、やはり従来の黒板はそのままに、デジタルでアドオンするアプローチを考えるべきではないか。そう思い至ったものの、何しろ同社は黒板一筋の老舗だ。電子黒板を扱うようになったとはいえ、デジタルコンテンツを開発するようなノウハウもつてもない。そこで坂和氏は、大胆な行動に打って出る。ユニークなコンテンツを次々に生み出していたデジタルコンテンツ制作会社カヤックのWebサイトにあった問い合わせフォームから、「アナログとデジタルが融合した新しい黒板を作りたい!」という思いの丈をつづった長文メールを送信したのだ。

「私が個人的にカヤックさんのファンだっただけで、面識もつながりも皆無でした。今思うと無謀だったかもしれませんが、これまでにはなかった挑戦をするなら、つながりのある企業よりも、私自身が一緒にやりたいと思える企業を選びたいと考えたんです」(坂和氏)

カヤックには、日々膨大な案件が持ち込まれていると耳にしたことがあった。そのため、問い合わせフォームからのメールなど、いつ目に留まるか分からない。いつ頃読んでもらえるのだろうか。そう憂慮しながら迎えた翌日、坂和氏は驚愕する。何とカヤックから、協業を呼びかけるメールが届いていたのだ。

ユーザーファーストを最優先し
スマホアプリを活用

「100年近い歴史を持つ老舗企業が、黒板というアナログの製品を変えようとしている」――その柔軟な発想と面白さに心を動かされたと、後にカヤックの担当者は語ったという。すぐにブレストが開かれ、とんとん拍子に製品開発が進んでいった。

「当初私自身は、“プロジェクションマッピングを活用して黒板に何かできないか”という非常にざっくりとしたイメージしかなかったため、初めてのブレストは緊張しました。しかし、カヤックさんから様々なアイデアをいただき、授業中の生徒の気が散らないよう過度な演出は排除し、先生も操作を負担に感じないよう、アイコンを減らしてシンプルを追求するなど、方向性が定まっていきました」(坂和氏)

驚くことにこのプロジェクトは、サカワの本社には秘密で進めていたという。採算が取れるのか、本当に成功する見込みはあるのか、それらをじっくりと検討していてはイノベーションはいつまでも生まれない。「もちろん、製品が形にならなければ企業としての損失は免れないため、気の休まるときはなかったですね」と笑う坂和氏だが、業界の未来のために革命を起こしたいという覚悟は、並々ならぬものだったことだろう。

2014年、「教育ITソリューションEXPO」でシステムのコンセプトを発表するや、大きな反響を呼んだ。しかし、坂和氏には解決しなければいけない1つの問題があった。

「当社は、現在も電子黒板を販売しています。つまり、私が生み出そうとしていたイノベーションは、電子黒板の競合商品を生み出すことにもつながりました。秘密裏に進めていたプロジェクトもこの頃には社内に発表していたため、反発は大きかったですね」(坂和氏)

坂和氏は、電子黒板だけを売り続けることよりも、イノベーションを生み出すことが同社にとってどれほどの意義を持つかを、社員に向けて必死で訴えた。やがて、新しい黒板の可能性が理解され、製品開発は加速していった。

こうして2015年、ハイブリッド黒板アプリ「Kocri」が誕生する。ブレスト段階ではタッチセンサーを内蔵した専用プロジェクターを使い、黒板をタッチすることで操作するシステムが考えられていたが、それでは価格や使い勝手の点で電子黒板の問題点を解決しきれない。

「そこで、操作性や携帯性の点からもユーザーファーストなスマホのアプリを用いるというシステムの大転換を図りました。“スマホを持ってきてはいけません”という指導をしている学校も多く、受け入れられるか正直不安でした。しかし、実際には否定的な意見は皆無で、PR活動をしなくても先生方の口コミで広がり、おかげさまで現在のダウンロード件数は1万4800に達しています」(坂和氏)

ハイブリッド黒板アプリ「Kocri」のプロモーション動画

Kocriのプロジェクト以降、坂和氏は異業種とのコラボレーションを積極的に推し進め、横長の黒板全体に映像が投影できるワイドプロジェクターの開発などにも携わっている。今後は、Kocriを海外の教育現場でも使えるよう、バージョンアップを図る予定もあるという。老舗企業が生み出すイノベーションから、ますます目が離せない。

※「スクール・ニューディール」構想:文部科学省が2009年に提唱した、「21世紀の学校」にふさわしい教育環境の充実を図るため、学校耐震化の早期推進や太陽光発電の導入、ICT環境の整備などを推進する構想

株式会社サカワ

愛媛県東温市南方2215-1
http://www.sakawa.net/

1919(大正8)年創業。電子黒板、黒板、集成材、特殊建材などの製造・施工、販売を行う。教育と文化の向上を目指し、岡本太郎氏の巨大壁画「明日の神話」修復や、カンボジア学校建設寄付支援など、メセナ活動にも力を入れている。