close

イノベーション異業種連携

文理共創で“イノベーション”創出へ
理系の産業技術総合研究所が文系の一橋大学と組んだ理由とは?

2017年2月21日

イノベーションというと、とかくテクノロジーやエンジニアリングの新規性に目が行きがちだ。しかし、そのイノベーションを収益の上がる事業として結実させるには、マーケティングやロジスティクスを含めたビジネスモデルをいかに構築するかなどの経営視点が不可欠となる。一橋大学と産業技術総合研究所(産総研)が2016年10月に締結した「日本発のイノベーション創出へ向けた包括連携協定」は、この考え方に沿った文理共創型の連携だ。

文系と理系が連携して新規事業を創出

イノベーションをいかに多く生み出して、事業として成功させるか――。この目的を達成するために、これまでにも、産・官・学の各領域で様々な取り組みがなされてきた。しかし日本企業は優れた技術をたくさん生み出しながらも、“技術で勝って商売で負ける”という場面を少なからず経験した。イノベーションを事業化し、成功させるためには、研究開発に加えて、ビジネスモデルをどう構築するかという社会科学的な視点も欠かせない。

このような認識から生まれたのが、一橋大と産総研による日本発、文理共創型の「イノベーション創出へ向けた包括連携協定」だ。協定文書の調印は2016年10月12日に行われた。

一橋大学学長の蓼沼宏一氏(左から3人目)と産総研理事長の中鉢良治氏(左から2人目)による
「日本発のイノベーション創出へ向けた包括連携協定」の調印式の模様

連携のねらいは、「社会科学の総合大学」の一橋大と「技術を社会へ」をミッションとする産総研の“文理共創”により、イノベーションを生み出すための共創の場を作ることである。具体的な活動として、両者は共同して「文理共創型コンサルティング」と「高度経営人材育成」のプログラムを共同で開発し、企業などに提供していくことを意図している(図1)。

図1 一橋大学と産業技術総合研究所の連携協定の概要出典:産業技術総合研究所

一橋大の先生が技術コンサルティングに参加

産総研がこのユニークな連携に踏み出した背景には、技術コンサルティングの顧客企業からビジネス面でのアドバイスを求められるようになったことがある。

産業技術総合研究所
理事 イノベーション推進本部長
瀬戸政宏氏

「最近は、技術だけでなく、どういうビジネスを創っていけばよいかを尋ねられることが多くなりました」と、産総研理事でイノベーション推進本部長を務める瀬戸政宏氏(工学博士)は語る。産総研には自然科学系の研究者が多く在籍している。しかし、実際に企業で事業化した経験のある人間は限られており、ビジネスを創る点でのサポートは難しい。そこで考えたのが、以前から交流のあった社会科学系総合大学である一橋大との連携だった。

産総研の技術コンサルティングは2015年度に始まった事業で、約200人の「イノベーションコーディネータ」と名付けられた専門家が企業との協業を目指した“連携営業”を行い、この営業によってつながった企業に対して研究者による技術アドバイス、そのための分析と評価、先端技術調査などを実施するという活動を進めている。実施件数は2015年度が83件、2016年度は12月までで210件以上と、実績も豊富だ。

文理共創型コンサルティングは、この技術コンサルティングを進化させたビジネス・コンサルティングの性格を持つものだ。「すでに一橋大学の先生4人がイノベーションコーディネータを兼務され、産総研の一員としてビジネス面のアドバイスをしていただいています」と瀬戸氏はその立ち上がり状況を説明する(図2)。

図2 文理共創型コンサルティングの枠組み出典:産業技術総合研究所

コンサルティングの具体的内容は、当然のことながら顧客となる企業のニーズによって異なる。例えば、戦略策定のためのフレームワークや技術ロードマップを求めている企業には「コンセプト共創型のコンサルティング」、技術的アドバイスに経営学など社会科学の視点を加えた「技術アドバイザリー型」が必要な企業もある。また、「テーマ探索型」として、技術を核に、企業が関心のある市場や流通などのニーズを探索する共同研究も提案できると瀬戸氏は話す。

産総研の研究者が一橋大で教鞭を執る

一方で一橋大は、産総研との連携で、イノベーションの創造に貢献できる「高度経営人材」の育成を進めようとしている。高度経営人材とは、「基礎となる科学」「応用となる技術」「商用化としてのビジネス」のそれぞれを結び付けられる人材と同大学は定義している。人材育成プログラムは、企業の人材レベルに応じて用意され(図3)、産総研の研究者も連携教員として講義を持つことが予定されている。

図3 高度経営人材育成のターゲット出典:産業技術総合研究所

CTOエグゼクティブ教育プログラムは、CTO(最高技術責任者)や“技術の分かるCEO(最高経営責任者)”を育てることを目標とし、役職では取締役、執行役からCEO・CTOの企業経営幹部を想定している。このプログラムは年5~6回程度の合宿形式で行われ、技術と経営についての自らの知識と経験を確認し、経営者としての思考を体系化するための教育が実施される。

その下の階層向けに実施されるイノベーション・マネジメント博士課程は、社会科学的思考力を兼ね備えた技術系経営者の育成を目的としたプログラムである。対象者は、経営管理者となることが期待される技術系エグゼクティブ(上席部長~執行役員)である。プログラムは勤務を継続しながら学ぶことができるよう就業後の時間帯を使って実施される。このプログラムを終了し、試験・論文提出など所定の条件を満たした人には商学博士の学位が授与される。

10%が文理共創型コンサルティングに

包括連携協定の調印後、両者は月例の連絡会議を開きつつ、活動に向けた準備を急ピッチで進めている。産総研の「文理共創型コンサルティング」は、2016年下半期からの開始となったがすでに複数案件が候補として挙がっており、今後の展開が期待されている。瀬戸氏は、「年間のコンサルティング件数は2016年度実績で250件ほどになる見通し。その10%程度に一橋大との連携が生かせると思います」と意気込む。一方、一橋大は2018年度をめどにCTOエグゼクティブ教育プログラムとイノベーション・マネジメント博士課程をスタートさせる予定で、カリキュラム設計と教職員手配を進めている。

「まずは1つでもよいから成功事例を作る、というのが当面の目標です」と、瀬戸氏。その結果が産業界に広く知られることによって、高度経営人材育成と産業力強化を目指す両者の取り組みが広がり、産業界全体にとって豊かな実りをもたらすことを期待したい。