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経営戦略論説

ビジネスエコシステムとは何か――その定義と背景を学ぶ
誤解だらけのビジネスエコシステム(前編)

2016年9月29日

ここにきて、ビジネス用語としてもすっかり市民権を獲得した感のある「エコシステム」だが、その一方で、言葉だけが独り歩きしてしまい、関係者の間で議論がかみ合わなかったり認識に齟齬が生じてしまったりすることも少なくない。そこで本稿では、企業の強さをエコシステムという視点から分析・研究している京都大学経営管理大学院の椙山泰生教授に、エコシステムの概念が生まれた背景から、企業がエコシステムを実現し競争優位を獲得していく際の課題・留意点に至るまで詳しく解説していただいた。ビジネスエコシステムを正しく理解するための一助になれば幸いである。

エコシステムの概念が生まれた背景

京都大学経営管理大学院
教授
椙山泰生氏

京都大学経営管理大学院教授の椙山泰生氏は開口一番、「近年、大企業といえども新たな事業の立ち上げを単独で行うのが難しくなり、事業全体の中で協業企業が何をするかを考えなければ、ビジネスがうまく回らない領域が増えてきました。つまり、既存の業種や業界といった枠を超えた形での相互依存が不可欠になってきたのです。それにつれて、こうしたエコシステムをどのように管理するのかを考える必要も生じています」と、ビジネスエコシステム(事業生態系)という言葉が生まれた背景を簡潔に解き明かしてくれた。

つまり、イノベーションを起こすには、新たな技術の導入や様々なアイデアの結びつけが必要となるが、そうしたことをこれまでのように企業が単独で行うのではなく、多くのプレーヤーが自分たちの得意とする領域の技術やノウハウ、知見を持ち寄って事業を発展させていくというのが、ビジネスエコシステムの基本的な考え方になるわけだ。協業によってイノベーションを起こし、ビジネスを大きくしていこうというビジネス戦略である。

事業生態系の経営戦略観

出典:京都大学経営管理大学院教授 椙山泰生氏

それでは、エコシステムという言葉はいつごろ生まれ、どのような場面で使われるようになっていったのであろうか。

エコシステムという言葉が使われ始めたのは、1990年代前半のことであった。シリコンバレーのスタートアップ企業が、他の企業やベンチャーキャピタルなどの協力を得ながら、事業を立ち上げ、成功を収めていく状況を説明するのに用いられたのが当初の使われ方であった。

新規の事業を立ち上げるときは、リスクを取る人(企業)、技術を提供する人(企業)、お金を出す人(企業)といったように、様々なプレーヤーがかかわる。これらのプレーヤーを巻き込んで事業が発展していくありさまを自然界の生態系になぞらえて、エコシステムという言葉で表すようになったのである。

並行して、シリコンバレーに限らず広くICT業界でエコシステムという言葉が使われるようになり、経営戦略や組織について、主体となる企業と周りの企業との関係が研究されることが多くなってきた。椙山氏によれば、とりわけスマートフォンなどの領域では、ビジネスを構成する企業が多様で、その境界線や企業間のバランスが変動するスピードが速く、直接取引していなくても高レベルで相互依存している企業もあるため、そのビジネスを分析する上ではエコシステムという概念がなじむのだという。

注意すべきなのは、シリコンバレーのスタートアップで使われたエコシステムと、現在のICT業界のエコシステムとでは、「生態系」の構成要員(プレーヤー)に違いがあるということだ。ICT業界では、構成要員は製品やサービスで相互依存している企業群であり、事業そのものを相互依存しあっているという意味合いが強い。一方、シリコンバレーのエコシステムではスタートアップを生み出して成長させるための仕組みに焦点が当たっているため、構成要員には新しく事業を起こすベンチャー企業のほか、事業を支援するベンチャーキャピタルや大学研究所、コンサルタントなどが含まれることになる。つまり、ICT業界のエコシステムとは違って、一緒に事業をする企業だけが集まっているわけではないのである。

シリコンバレーのエコシステム

出典:京都大学経営管理大学院教授 椙山泰生氏

エコシステムを成功に導くための条件

シリコンバレーで産声を上げたエコシステムは、上述のようにその性格や構成要員を変化させながら、いま急速に経済社会に定着しつつある。だが、椙山氏は、「様々な条件がそろわなければ、エコシステムは事業として成功しません。どんな事業にもとりあえずエコシステムを適用しておきさえすればいいという考え方は適切ではありません」と警鐘を鳴らす。

というのも、エコシステム自体が「特定の領域にしか適合しない概念」(椙山氏)だからである。例えば、かつてフォードは工場内で素材の生産から自動車の組み立てまでを行う垂直構造の生産システムをつくることで、低コストでの大量生産を可能にした。このような垂直統合のほうが向いている状況や領域は、現在でも多く存在している。大企業が社内に垂直統合のシステムを構築して成功しているようなケースではエコシステムが成り立たないのである。

他方、自由に動き回るプレーヤーが多く存在し、誰にも調整できないような混沌とした状態においてもまた、エコシステムは機能しがたい。このような場面でどうしてもエコシステムを形成したければ、強力な調整力を持った存在が必要となる。自然界の生態系とは異なり、ビジネスの場ではプレーヤー間の調整なしにはエコシステムは形成されないのである。

また、エコシステムを発展させる上では、誰がシステムの中核となるのかということも重要になる。

エコシステムを基盤とする事業を推進しようとする場合、多くのプレーヤーが、自らが中核となってビジネスを動かしたいと考えるはずだ。しかしながら、中核プレーヤーとなれる企業は限られている。エコシステムを成功させる上では「中核プレーヤー」が、「それぞれの構成要員(プレーヤー)がどういった技術、ノウハウ、アイデアを持っているかを把握している」「他のプレーヤーをコーディネートすることで利益を生み出す仕組みをつくれる」「中核プレーヤーが業界全体からオーケストレートするプレーヤーとして適任であると認められている」という3つの条件(資格)を満たしている必要があるのだ。

例えば、アップルやグーグル、LINEが提供するプラットフォーム上でエコシステムを形成する場合、当然のことながらアップルなどが中核プレーヤーとなる。そしてそれぞれのエコシステムの構成要員である他のプレーヤーたちもアップルなどが中核プレーヤーになることに異議を唱えることはないはずだ。アップルもグーグルもLINEも上記の3つの要件を満たしており、構成要員となっているプレーヤーの信頼も厚いから、「そのエコシステムに乗れば成功できるだろうという期待がプレーヤー全員に生まれる。そこで全員が同じ方向に向けて資源を投入するようになり、ビジネス全体の投資や活動が盛んになる。その結果、エコシステムがさらに拡大する」(椙山氏)という好循環が生まれるのである。アップルやグーグル、LINEのような強力な主体が、進むべき方向を描き各プレーヤーに明示してやることで、イノベーションを推進しやすくなり、システム全体を一段上の段階に持っていきやすくなるわけである。

もう1つ、プラットフォームにおけるプレーヤーの自由度も、エコシステムを発展させるための要素として挙げられる。「現在のところ、アップルはスマートフォンのエコシステムを立ち上げることに成功しているが、グーグルのプラットフォームはアップルよりもプレーヤーの自由度を高めることによって、エコシステムに参加しやすい状況を作り出している」と、椙山氏は「プレーヤーの自由度」の重要性を強調する。

(以下、後編に続く。なお、後編では、エコシステムを形成することで成長を遂げた企業の実例を基に、エコシステムが発展するための条件を提示していく予定である)

椙山 泰生(すぎやま やすお)

京都大学経営管理大学院教授。東京大学法学部、東京大学大学院経済学研究科修士、同博士後期課程修了。博士(経済学)。ソニー株式会社、東京大学大学院経済学研究科助手、京都大学大学院経済学研究科助教授などを経て、現職。