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経営戦略論説

成功事例から読み解く
ビジネスエコシステム発展のカギ
誤解だらけのビジネスエコシステム(後編)

2016年9月30日

企業の強さを「エコシステム(生態系)」という視点から分析・研究している京都大学経営管理大学院の椙山泰生教授に、今回は、実際にエコシステム(生態系)を形成し成長を遂げた実績を持つ企業のエコシステム戦略について伺った。ビジネス全体を発展させるべく、どんな企業がどんな戦略を取ってきたのか――。国内外の成功事例を基に“エコシステム発展のカギ”を読み解く。

自社の事業範囲を変化させることで
全体のビジネスを盛り上げる

京都大学経営管理大学院
教授
椙山泰生氏

ビジネスの世界でエコシステム(生態系)の中核となる企業は、どの範囲を自社で行い、どの範囲を協業企業に任せているのだろうか。また、エコシステム全体を発展させるためにどのようなことを成し遂げてきたのだろうか。

京都大学経営管理大学院教授の椙山泰生氏は「成功したエコシステムでは、ほぼ全ての戦略を中核となる企業が立案し実行してきた」と指摘する。以下、いくつかの事例を基に、エコシステムの中核となった企業の戦略を詳しく見てみよう。

椙山氏によれば、例えばインテルは、「どこまでの仕事を自社でやるかを考え、その範囲を変えていく」ことで、PC業界を盛り上げていったという。同社はかつてマザーボードの製造まで行っていた時期もあったが、現在はCPUとチップセットの製造をメイン事業としている。つまり、事業範囲を狭めてきたわけだ。しかしながら、今でもPC全体のアーキテクチャを研究する機関は有しており、周辺機器をつなげるテクノロジーやアイデアも備えている。そのため、プレーヤーにどのような製品を開発すればインテルのCPUを使ったPCを作れるかのリファレンスデザインを提示することができるのである。また、インテルキャピタルを通して、PCに関連した製品やサービスを提供する技術力のある企業への投資も行っている。

ではなぜインテルは、自社内で全てを製造するのではなく、CPUとチップセットに特化し、PCに用いられる部品や周辺機器などは他のプレーヤーに任せるという戦略を選択したのだろうか。それは、「そうすることによって周りの投資を誘導し、エコシステムをつくり上げることができるからです。そのエコシステムの中核企業としてCPUの生産に絞り込んだほうが、より確実にしかも大きな収益を上げることができるというビジネスモデルをつくり上げ、それを推進したわけです」(椙山氏)という道を同社が追い求めたからにほかならない。

「インテルが自らPCの世界の進むべき方向を描き、それを掲げてみせることによって、周囲の企業も安心してインテルのプラットフォームに乗ることができるのです。その結果、周辺企業が活性化し、さらにPCの世界全体が活性化することで、最終的にはインテルも利益を増やせるという構図です」(椙山氏)

価値の創造・共有:Intelの事例

出典:京都大学経営管理大学院教授 椙山泰生氏

また椙山氏は、国内の成功事例として、電電公社(現NTT)が中核となって光ファイバの実用化を成功させ、普及に導いた例を示す。

「日本が他国に先駆けて光ファイバ網を普及させることができたのは、電電公社が中核的な存在となってエコシステムを形成し、光ファイバ技術を育ててきたからです」(椙山氏)
その際に電電公社が考えたのは、自社が利益を独占するのではなく、周りの会社が光ファイバビジネスに携わることで利益を上げ、発展することであったという。公社としての立場から自社の利益を追求しないのは当然のふるまいではあったものの、電電公社がエコシステムの中核となり、ビジネス環境を整備することで、光ファイバへの投資を引き付けたわけである。

光ファイバのエコシステムがうまく機能した最大のポイントは、電電公社が、前編で述べた「エコシステムの中核プレーヤーに求められる3つもポイント」の1つである「周りの企業の技術開発能力がどれくらいであるのかを的確に把握していた」ことにある。それをベースに「到達可能なバランスの良いシステムを提案し、全体の調整を行った」(椙山氏)ところに、成功の道が開けたのである。

光ファイバ通信の事例

出典:京都大学経営管理大学院教授 椙山泰生氏

ビジネスでの相互依存が当たり前となっていく

ところで、エコシステムの中には、ある業界やそこで中核となっている企業がエコシステムと呼んでいなくても、実際にはエコシステムとして機能しているものも存在する。

例えば、コンビニエンスストアが多くの企業と相互依存しながらビジネスを展開していることはよく知られている。いずれのコンビニエンスストアも市販(NB=ナショナルブランド)の商品と自らのPB(プライベートブランド)商品とのバランスをどう取るのか、商品企画を自社でどこまでやるのかなど、自社の事業範囲と協業会社に任せる範囲をコントロールしながら調整し、どうやって収益を上げていくか試行錯誤している。

自動車業界も、ここ30年の間に徐々に周辺産業との相互依存度の高いビジネスモデルにシフトしてきた。自動車自体や関連する製品の電子化やソフトウェア化が進む中、新たな領域との関係が不可避的に強くなってきたのだ。今後、自動運転などの技術が進めば、さらに様々な分野とのコラボレーションが必要になろう。

トヨタなどわが国の自動車業界ではかつては協業企業のことを系列企業と呼んでいたが、上記のように、現在では直列につながっている協業企業(系列)だけでなく、業種の壁を越えた協業企業との横のつながりが増えてきているため、エコシステムだととらえたほうが適切だと言えそうだ。

上に挙げた例では、インテルや電電公社、トヨタなどの中核となる企業が将来像を描いて方向性を示し、リスクが生じそうな部分では自らリスクを負い、自ら投資を行って(あるいは周囲から投資を呼び込んで)技術開発していくことで周りの企業を導いている。そこで開発された技術は、周りの企業に技術移転したり、誰でも使える標準技術にして公開したりすることで、その領域のビジネス――つまりエコシステム全体――が発展し、豊かになっていくのだ。

こうして見てくると、エコシステムは「時代の要請」と言うより、もはや「時代の必然」とも言えそうだが、椙山氏も「今後は、ビジネスでは相互依存が当たり前になっていくだろう」と指摘する。

では、そこでのエコシステムの課題、椙山氏自身の研究課題はどのようなものになっていくのだろうか。その問いに同氏はこう答えてくれた。

「今後は、エコシステムをオーケストレートできる中核プレーヤーとはどのようなものか。中核となれなかったプレーヤーはどのような戦略を取ればよいのか――といったことを議論・研究する必要があると考えています」

椙山 泰生(すぎやま やすお)

京都大学経営管理大学院教授。東京大学法学部、東京大学大学院経済学研究科修士、同博士後期課程修了。博士(経済学)。ソニー株式会社、東京大学大学院経済学研究科助手、京都大学大学院経済学研究科助教授などを経て、現職。