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インタビューマーケティング

なぜ今、マーケティング分野でエコシステムが注目されるのか
成功事例からひもとく「エコシステムマーケティング」実践のポイント

2016年11月22日

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企業が発信するマーケティングメッセージが消費者に届かなくなった。また、その信頼度も低下傾向にある。従来型のマーケティング活動が有効性を失いつつある中で、企業は組織やプロセス、ITの変革を求められている。そうした時代背景の下、エコシステム(生態系)のコンセプトを取り入れたマーケティング活動で成果を上げる先進企業も現れつつある。エコシステムマーケティングに関する著書もある多摩大学客員教授の本荘修二氏に、先進事例を交えながらマーケティングの新しい波を解説してもらった。

先駆的だった日本コカ・コーラと日産自動車のキャンペーン

――エコシステムのコンセプトを取り入れたエコシステムマーケティングとは、どのようなものなのでしょうか。

多摩大学(MBA)客員教授
経営コンサルタント
本荘修二氏

エコシステムマーケティングの明確な定義はないと思いますし、あったとしても、時代とともに変わっていくものでしょう。おそらく事例で説明するのが分かりやすいと思います。

2008年のことですが、日本コカ・コーラと日産自動車が実施した「Coca-Cola×CUBEハッピースフルキャンペーン」は好例の1つです。日本コカ・コーラは毎年、年末のパーティーシーズンに合わせてキャンペーンを行っています。同じタイミングで、日産はコンパクトカー「キューブ」のモデルチェンジに伴う施策を検討していました。そこで、両社はタッグを組んだのです。

両社とも強いブランドを持っています。清涼飲料の会社と自動車会社という組み合わせは話題を呼び、共同で開設した特設サイトは目標を数倍上回る参加者を集めました。ブランド認知を高めるだけでなく、両社の売り上げにも好影響を与えたと考えられます。予想以上の成果であり、当時としては革新的な試みでした。

複数企業による共同キャンペーンは以前からありますが、ハッピースフルキャンペーンの内容は大きく異なります。それは、単にキャンペーン費用をワリカンにするといったものではありません。両社が企画段階から議論を重ね、門外不出だったデータの一部を互いに持ち寄ってキャンペーンの精度を高めました。その後、この成功例をまねた類似企画は多く生まれましたが、ここまで覚悟を決めて取り組んだ例は少ないのではないでしょうか。

コンシューマーエコシステムとパートナーエコシステム

――ハッピースフルキャンペーンから、すでに8年がたちました。エコシステムマーケティングはさらに進化しつつあるのでしょうか。

全体的に見ると少ない印象はありますが、先進的な事例は生まれています。例えば、ネスレ日本です。その取り組みを紹介する前に、エコシステムマーケティングの2つの側面を説明します。「コンシューマーエコシステム」と「パートナーエコシステム」です。前者は消費者との間で生態系を構築しようという試みであり、後者は製品やサービスづくりにおけるパートナーとの関係に着目したものです。ネスレ日本はこれらの両面でチャレンジングな施策を成功させています。

コンシューマーエコシステムの実践例として有名なのが、「ネスカフェアンバサダー」という仕組みです。コーヒーマシンをオフィスに無料で貸し出し、マシンのお世話をしてくれる人を「アンバサダー」に認定します。アンバサダーはそのオフィスで働いている顧客の1人です。同社は一人ひとりのアンバサダーとネット経由でつながり、専用カプセル(コーヒー1杯数十円程度)の注文を受けたり、製品やサービスの改善のヒントを得たりしています。アンバサダーを核とする効率的な販売チャネルを構築し、同時に多くの顧客との長期的な関係を強化しました。また、ブランド価値の向上にもつながっています。コンシューマーエコシステムのモデルケースといえるでしょう。

次に、パートナーエコシステムです。ネスレのチョコレートのブランド「キットカット」はよく知られていますが、これはボリュームゾーンの商品です。一方、世の中には高価な手づくりチョコレートがたくさんあります。ネスレ日本にとっては競合ということもできますが、同社はそんな相手と協業しました。その相手は「ル パティシエ タカギ」オーナーパティシエの高木康政氏。このコラボレーションによって開設されたのが、「キットカット ショコラトリー」です。百貨店などに置かれた店舗は非常に好調で、ECサイトでの販売もスタートしました。

コンビニなどでは有名なラーメン店監修のカップ麺が販売されていますが、キットカット ショコラトリーの協業はもっと深いレベルで行われています。商品の全面監修に加え、店舗の運営を任せるなど、大胆に高木氏の考えを取り入れているそうです。

通常、こうしたアイデアを実行しようとすると、企画者やプロジェクトチームは組織内の様々な抵抗に直面します。「ウチのブランド価値が損なわれるのではないか」など、文句はいくらでもつけられますからね。日本コカ・コーラと日産の例もそうです。「ウチの大事なデータを外部に出すとは何事だ」などという人が、必ず現れます。そうした困難を乗り越えるためには、強力なリーダーシップが欠かせません。

ネット社会に生まれた新しいつながり

――マーケティングの分野でもエコシステムが注目される背景について、どのようにお考えですか。

かつては個々の企業またはブランドが、メディアや流通チャネルを通じて消費者とつながっていました。社会にモノが十分行きわたっていなかった時代、マスマーケティングやプロダクトアウトの手法は有効に機能しました。モノが不足している時代なので、いいモノをつくれば売れます。企業は顧客のことを深く考えなくても、それなりに事業を成長させられました。

その後、社会の環境はモノ不足からモノ余りへと移行しました。その一方で、ITの急速な進化があります。ITによって、コミュニケーションコストは劇的に低下しました。企業は個々の顧客と直接つながることが可能になり、CRM(顧客関係管理)が注目されるようになりました。日本企業の間では1990年代以降、CRMに取り組む企業が増えました。

2010年代になるとモバイル環境の普及やソーシャルメディアの広がりを受けて、個々の消費者がお互いにやり取りするようになりました。さらに、消費者だけでなくそれぞれの企業やメディア同士もつながる時代です。企業のマーケティング活動は、根本的な見直しを迫られています。これが、エコシステムマーケティングへの関心が高まってきた、時代的な背景です。

マーケティング構造の変化近年の情報化社会の進展に伴い、マーケティング構造が変化し、
企業と顧客の関係性も大きく様変わりしつつある。

消費者が受け取るメッセージの激増と
企業の発信するメッセージの信頼度低下

――企業のマーケティング活動を取り巻く課題としては、どのようなものがありますか。

先進国では供給力が需要を上回るようになり、ITの進化も相まって企業から消費者へのパワーシフトが進んでいます。こうした中で、マーケティング活動を取り巻く環境も激変しています。

企業と消費者とのコミュニケーションに着目すると、まず一人ひとりが受け取るマーケティングメッセージの量が膨大になりました。この傾向は加速しつつあります。スパムだけでなく多くのメッセージは邪魔者扱いをされ、消費者を素通りしていきます。また、企業の発するメッセージを信用しない消費者が確実に増えています。

このような大きな環境変化は、やや大げさな表現かもしれませんが、企業に対して天動説から地動説への転換を迫っています。しかし、多くの企業は天動説を前提とした組織やプロセス、マーケティング活動を維持しようとしているように見えます。

今や、大企業が巨額の宣伝予算を使ってマーケティングメッセージを大量投下しても、多様なメディアやSNSにつながった消費者は宣伝文句を簡単には信用してくれません。隣人のようなブロガーやSNSのクチコミのほうがより信頼されるようになったのです。

内向きの組織風土を変えて
自前主義から脱却する

――企業はどのようにすれば、顧客の信頼を獲得できるでしょうか。あるいは、ファンになってもらえるのでしょうか。

競合する商品やサービスが次々に生まれている中で、ファンづくりやブランドロイヤルティー獲得は重要なテーマ。ただ、そのハードルは高くなるばかりです。マーケティング活動のカギを握るのは、顧客やパートナーとのつながり方でしょう。顧客と直接つながって、「Wow!」と驚かせるような体験を提供する。あるいは、パートナー企業との知の融合によって、顧客を驚かせるような商品やサービスを生み出す。前述したネスレ日本における取り組みは、大きなヒントを含んでいるように思います。

――エコシステムに取り組む上で、根強い自前主義が日本企業の課題として指摘されます。

自前主義からオープンイノベーションへと舵を切った成功例として、よく引き合いに出されるのがP&Gです。同社は立派な研究開発部門を持っていますが、1990年代後半になると生産性は低下していました。その体質は“NIH(Not Invented Here)症候群”と呼ばれました。外部パートナーの力を借りれば優れた商品開発ができるのに、「ウチでつくったものではない」といった理由でアイデアがつぶされてしまうのです。自前主義からの脱却を先導したのは、2000年代にCEO(最高経営責任者)を務めたアラン・ラフリーでした。同氏のリーダーシップの下、P&Gは再び成長軌道に戻ることができました。

さて、日本企業はどうでしょうか。最近は多少の変化を感じますが、NIH症候群が残っている大企業は少なくありません。また、パートナーシップを理解できず、相手を下請け扱いする大企業を時に見かけます。おそらく、パートナーとの窓口に立つ部長や課長は、上層部の意向に沿いたいだけなのでしょう。事業部長や担当専務が喜ぶような報告をしたいために、パートナーに対して自分勝手な要求をするケースが多いように思います。

本来、パートナーシップはWin-Winの関係を目指すものです。しかし、日本の大企業を見ると、対等なパートナーシップづくりが苦手だなと感じることが多い。これには内向きの組織風土、減点主義の評価制度が密接に関係していると思います。

求められるリーダーシップ
日本企業では幹部の合意も重要

――日本企業がエコシステムマーケティングに本気で取り組むとすれば、どのようなステップを踏む必要があるでしょうか。

内向きのカルチャーを変革する必要があります。そのためには、経営トップのリーダーシップが欠かせません。オーナー経営者は別かもしれませんが、一般的な日本型組織をトップ1人の力で動かすのは非常に難しい。時間はかかりますが、経営層と現場のリーダー層が納得するまで話し合うのも1つの方法だと思います。主要な幹部が納得するまで議論して、ある方向性を打ち出す。こうして策定された経営戦略やマーケティング戦略は、魂のこもったものになるはずです。

先日、ある自動車メーカーのマーケティング責任者から同じような話を聞きました。徹底的に議論し腹落ちするレベルで戦略を共有した上で、「ならば、顧客に対してこのように向き合おう」という合意を形成しているとのことでした。通常の日本企業には、この自動車メーカーのようなアプローチが適しているのかもしれません。

ときどき「日本企業にはCMO(最高マーケティング責任者)がいない」といった議論を耳にしますが、組織やマーケティング活動の実態が旧態依然としたままでは、仮にCMOを任命したところで実質的な変革はできないでしょう。その前に、なすべきことは多くあります。その自動車メーカーが実行したように、まずは戦略レベルでの合意形成が重要です。その上で、マーケティング活動の方向性を検討するのです。

エコシステムマーケティングありきで考える必要はありません。それぞれの企業にとって、最適解は異なります。ただ、エコシステムマーケティングを採用するかどうかにかかわらず、変化し続ける顧客に追随するための準備は欠かせません。

重要な課題の1つが、顧客情報を含めたデータの分断です。多くの企業ではチャネルごと、あるいは事業部ごとにデータが分断されており、一人ひとりの顧客を全体像として捉え切れていません。データベースの統合や整備には相当の時間や労苦が伴いますが、企業が成長を目指すなら避けて通れないテーマです。前述した日本コカ・コーラと日産は一定レベル以上のデータベース環境を整備していたから、革新的なマーケティングにチャレンジできました。

一人ひとりの顧客を捉えることができなければ、顧客から見放され、やがて時代に追い越されてしまうでしょう。時代に適応したマーケティング活動を実践するためには、データの分断をはじめとする課題を一つひとつクリアしていくほかありません。

本荘 修二(ほんじょう・しゅうじ)

多摩大学大学院経営情報学研究科(MBA)客員教授。本荘事務所代表。本荘事務所代表として、新事業を中心に、イノベーションやマーケティング、IT関連などの経営コンサルティングを手掛ける。また、日米の大企業やベンチャー企業、投資会社などのアドバイザーや社外役員も務める。

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