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イノベーション異業種連携

「つくりたい」思いを形にする町工場のチャレンジ
技術と最新設備を提供するガレージスミダ

2017年3月29日

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1978年から東京都墨田区で金属加工業を営んできた浜野製作所が、2014年4月に「ガレージスミダ」をオープン。モノづくりの開発・設計から試作・量産までをサポートし、「つくりたい」という思いを形にするモノづくり総合支援施設だ。どんな人が集まり、何が生み出されているのか、社長の浜野慶一氏に伺った。

両親から引き継いだ工場が焼失し
ゼロから再出発

株式会社浜野製作所
代表取締役 CEO
浜野慶一氏

1978年創業の浜野製作所は、板金・プレスなど金属加工業を営んでいる東京の下町の町工場だ。2代目となる現社長の浜野慶一氏は、「かつての浜野製作所は父親と母親、従業員が1人しかいないような家族経営でした」と当時を振り返る。

30歳で浜野製作所を引き継いだ浜野氏。現在は、約40人の従業員と4つの工場を抱え、活気にあふれている。しかし、その道のりは順風満帆とはいえないものだった。2000年6月に近隣の火災によるもらい火で工場が全焼してしまった。機械もすべて失い、工場再開にあたって30万円の機械を購入する費用すら捻出できず、ただ1人いた従業員の給与も払えなかったという。それでも、浜野氏と共に働きたいという従業員や親切な地域の方々に支えられ、何とか再開までこぎ着けた。

この経験をきっかけに生まれたのが「『おもてなし』の心を常に持ってお客様・スタッフ・地域に感謝・還元し、夢と希望と誇りを持った活力ある企業を目指そう!」という経営理念であり、現在のガレージスミダをはじめとした浜野製作所の様々な取り組みの原動力になっている。

職人の技術と設備を活用し
思いを形にする「ガレージスミダ」

工場再開後、顧客拡大のためにWebサイトを作成したところ、当初想定したメーカーからの問い合わせ以外にも、しばしば個人からの相談が舞い込んだという。

そんな折に、1人の青年から「こんなモノがつくりたい」と相談を受けた。当時、早稲田大学の学生で、現在はオリィ研究所 代表取締役CEOの吉藤健太朗氏だ。彼は自らの幼少期の闘病体験を基に、病床での孤独を癒やす遠隔操作型コミュニケーションロボットの研究開発を行っていた。浜野氏は吉藤氏の熱い思いに胸を打たれ、ロボットの設計段階からの支援を決めた。工場の一角を作業場として提供し、他の町工場も巻き込み試作を重ねた。こうして完成したコミュニケーションロボット「オリヒメ」は、現在本格的な量産ステージに向け、年間500台の生産を目指して準備を進めている。

吉藤氏をはじめ、モノづくりに熱い思いを抱く人々に出会ったことで、浜野氏の中に芽生えた「我々の持つ技術で、業界や業種を超え『つくりたい』という人の思いを形にできるのではないか」という発想が、ガレージスミダの実現につながった。浜野氏はガレージスミダの強みについて、アイデアを持っている人の10歩20歩先の場所に職人がいて、設備があることという。モノづくりに関してはインターネットで一通り調べられるが、現場にいる職人の知識にはかなわない。「モノづくりの現場の経験がない人が、全部自分たちでやろうとして、時間も費用もムダにしたという話はたくさんあります。ぜひ、『つくりたい』モノがあれば、構想段階から相談して、私たちの経験と知識を利用してほしい」(浜野氏)

浜野氏は職人技術を尊重しながらも、最先端設備の導入にも積極的だ。3Dプリンターが登場した際、町工場かいわいには「職人の技術が取って代わられる」という嘆きが広がったという。だが浜野氏は、「最先端の機械で何ができるのか、まずは見てやろうと思った」と、こうした機械を積極的に購入。「実際に使い込んでみて初めてその機械でできることとできないことを理解できます。我々に必要なのは新しい機械や技術の登場に怖がることではなく、それらを理解してお客様に提案できる会社になることです」と語る。

現在ガレージスミダでは、3Dプリンター、3Dスキャナー、UVプリンター、レーザー加工機、CNC加工機など高速試作可能なデジタル工作機器をそろえている。それぞれの特性を知り、従来の職人の技術とうまく使い分けることによって、対応できる加工の幅が広がったという。

ネットワークの活用で
町工場から墨田区を元気に

工場地帯の墨田区は、ピーク時には1万社弱の町工場が集積していたが、現在は最盛期の3分の1にまで減っている。その最大の要因である後継者不足問題に対し、浜野氏は技術や職人の思いを次世代に引き継ぐ責務を感じているという。「社会背景やお客様の状況など、工場を取り巻く環境は常に変わっています。黙っていても仕事が入ってきた高度経済成長期とは違い、積極的に情報発信を行い、新しいことを始めないといけません」(浜野氏)

そうした活動の一環として、浜野氏は町工場見学ツアーやワークショップなどを通して、技術や人々をつなげるイベント「スミファ」を区内事業者と立ち上げ、自ら実行委員長を務めている。ガレージスミダでは「つくりたい」という人の思いを形にしているのに対し、スミファではその入り口である「モノづくり」への興味を引き出し、次世代のモノづくりの担い手を育てる。ガレージスミダも、スミファも、根底にあるのは浜野製作所の理念と同じ、「おもてなしの心」だ。

もちろん、それだけでは会社は成り立たない。町工場を取り巻く環境は依然として厳しく、下請けからの脱却も大きな課題だ。「私たちは、東京という日本で一番コストの高いところでモノづくりをしているわけです。人件費も土地代も高く、コスト面では地方都市や中国にはかないません。しかし人や情報が集まり、先端技術の研究拠点や大学、企業が集積しています。それこそが、ここ東京・墨田にいる理由であり、これを利用しない手はありません」(浜野氏)

最先端の研究・開発をしている人たちと共にモノづくりができるのは、地方にはない大きなメリットだと浜野氏は言う。彼らの求めているモノづくりの技術と知識を提供することで、情報の上流で仕事ができる。これにより、下請けからの脱却が可能になるのだ。

ガレージスミダには、ベンチャー企業だけではなく、大企業や行政、そして大学などの研究機関といった都内ならではの業界から、毎日のように問い合わせがあるという。

ベンチャー企業一つとっても、ガレージスミダからは「オリヒメ」を生み出したオリィ研究所に続き、次世代型パーソナルモビリティを開発するWHILL、台風下でも発電可能な風力発電機を開発しているチャレナジーといった実力のあるベンチャーが育っている。そしてこの3社には、「世の中に役立つモノづくり」という共通する理念がある。浜野氏は「数字には表れないことですが、こうした、『志の共有』こそが、ガレージスミダの本当の強みかもしれませんね」と感慨深げだ。

ガレージスミダは、2017年3月に建て替えのために一旦解体した。9月には大幅に機能を拡張し、3倍の敷地面積となってスタートする予定だ。3階建てのビルの1階は工場、2階は8社が入れる個室を備えたスタートアップインキュベーション施設、3階に本社事務所が入る。今後、ガレージスミダからどんな企業が育ち、どんな製品が生まれるのか、楽しみである。

浜野慶一(はまの・けいいち)

1962年東京都墨田区生まれ、1985年東海大学政治経済学部経営学科卒業、同年都内板橋区の精密板金加工メーカーに就職。1993年創業者・浜野嘉彦氏の死去に伴い、株式会社浜野製作所 代表取締役に就任、現在に至る。
■浜野製作所
http://hamano-products.co.jp/
■Garage Sumida(ガレージスミダ)
http://www.garage-sumida.jp/

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