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経営戦略論説

ビジネスエコシステムの立ち上げは「スピード」が命
戦略的な仲間づくりでエコシステム間競争をリードせよ

2016年10月18日

様々なビジネスにおいて、ビジネスエコシステム(ビジネス生態系:以下、エコシステム)という言葉をよく聞くようになった。自社だけでなく、パートナー企業とのコラボレーションを前提にビジネスモデルを構築する。そんな戦略的なエコシステムづくりを推進する企業が増えている。なぜ今、エコシステムなのか。その理由と背景について考察するとともに、日本企業がエコシステム構築に取り組む上での課題などについて、国士舘大学客員教授の林倬史氏に話を伺った。

単体で売れる時代からつながりが価値を持つ時代へ

国士舘大学経営学部
客員教授
林倬史氏

近年、エコシステムへの関心が急速に高まっている。国士舘大学客員教授の林倬史氏は、次のように説明する。

「企業の競争優位性を考えるとき、以前は個別企業の強みやポジショニングなどを分析するケースが多かったと思います。しかし、今や個別企業だけでは不十分です。ビジネス生態系としてのエコシステム全体に目を向ける必要があるとの意識が高まってきました」

エコシステムの重要性を高めている要因として、インターネットの普及がある。「単体でモノを売っていた時代、企業は商品やサービスの外部とのつながりをさほど意識していませんでした。いいものをつくれば売れるという考え方が主流だったといえるでしょう」と林氏。ところが、様々なモノやサービスがインターネットにつながるようになった今日、ビジネスの様相は大きく変わってきた。

林氏は次のように説明する。「確かに、インターネット以前にも独自のエコシステムをつくり上げた企業はあります。任天堂のファミコンはその好例でしょう。しかし、インターネット以後には質的、量的に状況は変わったように見えます。業界の垣根は格段に低くなりました。ネットからリアル、リアルからネットへという動きも目立ちます。マイクロソフトやアップル、アマゾン、グーグルなどの巨大企業は、インターネットの世界を中心に戦略的なエコシステムづくりを推進しています。つまり、競争は個別企業間の競争からビジネス生態系間の競争へと移行しつつあります」(林氏)

成長の好循環をいかに構築するか

任天堂の初代ファミコンが世に出たのは1983年。同社はそのプラットフォーム上で動くゲームソフトのメーカーや販売パートナーなどを巻き込み、世界規模のエコシステムを構築した。インターネットが普及するはるか以前のことである。したがって、ファミコンを世界中に広めるには、相当な時間がかかった。

現在では、「ポケモンGO」がリリースされると、世界各地のユーザーがすぐに入手して遊び始める。スマートフォンや、アップルのApp Store、Google Playなどのプラットフォーム、それらを中心に構築されたエコシステムに乗って、話題のコンテンツは一気に世界に広がる。その波及のスピードは、インターネット時代のエコシステムの破壊力を物語っているといえるだろう。

「優れたプレーヤーを多く集めたプラットフォームには、多くのユーザーが訪れます。すると、プラットフォームの価値が高まり、ますます多くのプレーヤーが参加するようになる。こうした成長の好循環をいかにつくり上げるか。それが、エコシステム間競争の重要な側面です」(林氏)

もちろん、リアルな世界でも仲間づくりやパートナーシップは重要だ。林氏がその例として挙げたのは、トヨタ自動車の燃料電池車(FCV)である。

「トヨタは2014年に『ミライ』というFCVを発売しました。燃料電池車の開発には長い時間と労力を要します。トヨタはこの分野の開発に約20年以上にわたって約1兆円の膨大な研究開発投資をしてきましたが、その過程で取得した5000件以上の特許を、期限付きで無償公開するとの決定を下しました。エコシステム構築を見据えた知財戦略といえるでしょう。知財は技術者の汗の結晶ですから、無償公開については社内で激しい議論もあったようです」

未来のクルマの本命はFCVかもしれないし、電気自動車やハイブリッドカーかもしれない。FCVが先行するためには、サプライヤーやインフラづくりを担う他社、つまり仲間の存在が不可欠である。特許無償公開にはそんなパートナーづくりという狙いがありそうだ。「エコシステムをいかに早く立ち上げるか。エコシステム間競争を勝ち抜く上で、スピードは非常に重要です。なぜなら、優れたプラットフォームが立ち上がり、顧客がそのプラットフォームを活用し始めてしまうと、遅れて出てきた別のプラットフォームにはスイッチングコスト(切り替えコスト)がかかるため、切り替えは容易ではありません」と林氏は語る。

自前の強みを磨きつつ自前主義を排した戦略を

エコシステムの重要性が高まっている背景には、グローバル化の動きもあると林氏は指摘する。

「これから伸びるといわれる新興国市場に、多くの日本企業が注目しています。一部の大企業は自前のリソースで新興国への展開が可能かもしれませんが、多くの企業にとっては現地パートナーなどとの協力が不可欠です。海外企業の買収という手法もありますが、それだけでは足りないでしょう」

では、日本企業がエコシステムづくりを進める上での課題とはどのようなものだろう。林氏はまず自前主義の意識を払拭する必要があるという。「トヨタの例のように最近は変わりつつあるとはいえ、特に多くの大企業には自前主義が残っていると感じます。ただ、自前の強みを持っていなければ、パートナーから選んでもらえません。自社のコアとなるエリアを見いだし、そこを深掘りする。その強みが、エコシステムにとって不可欠な要(かなめ)に位置しているかどうかを見極める必要もあります」(林氏)

また、グローバル展開を前提とした場合には、国際標準づくりへの参加または対応も重要だ。優れたテクノロジーを持っていても、国際標準に準拠していないために海外展開できないというケースもある。「国際的な規格づくりでは欧州の影響力が強いといわれますが、そうした中でいかに仲間を増やしていくか。分野にもよりますが、日本企業にとっては高いハードルかもしれません」と林氏。国際標準の策定に関しては、企業だけでなく、政府機関を含めた取り組みが重要だろう。

グローバルなエコシステムにどのように関与し、どのような役割を果たすか。一方ではエコシステムのプラットフォーム企業(キーストーン)としての生き方をし、同時に他方では他のエコシステムの重要なニッチプレーヤーとしての生き方をしていくといった、多様で柔軟な戦略的な視点と取り組み。そうしたアプローチが求められるといえそうだ。

林 倬史(はやし たかぶみ)

国士舘大学大学院経営学研究科・経営学部客員教授。立教大学名誉教授。慶應義塾大学商学部卒、同大学院博士課程単位取得退学。福岡大学助教授、立教大学経済学部・経営学部教授を経て2015年から現職。専門は多国籍企業論、国際経営論。著書に『多国籍企業と知的所有権』(森山書店)、『多国籍企業とグローバルビジネス』(税務経理協会)、『新興国市場の特質と新たなBOP戦略』(文眞堂)など。