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イノベーション経営戦略

イノベーションバイブルとして注目したい書籍──破壊的イノベーションからデザインシンキングまで
INNOVATION PATH─イノベーションパス─
成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方【第4回】

2017年1月31日

プロジェクトをいかに着地させるか。イノベーションを生む秘けつは、発想術よりプロジェクト手法にあった!――本連載は、創造性の研究・実践で知られる東大i.schoolとコンサルティング企業i.labのノウハウを解説した書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の中から、本サイトの読者に有用と思われる項目を、発行元の許可を得て転載したものである。新市場を生み出すような新製品・サービス・ビジネスのアイデア創出に取り組むビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

もう少し具体的にイノベーションという言葉をイメージするために、私が最も「しっくりきている」イノベーション事例が掲載されている私のバイブルともいえる本を紹介します。それは、子供向けに出版されている「発明・発見のひみつ」(発行は学習研究社)というマンガ本です。

この本では、出版時期によってその内容も変わっていますが、概ね50個程度の発明品とそれを生み出した人や発明秘話をマンガで解説しています。おそらくは読者の皆さんの中にも、この本を読んで育った方は少なからずいるでしょう。私はイノベーションに関連した講演や学会発表の機会などで、この本を読んだことがある人に挙手を求める場合があるのですが、だいたい5%くらいの割合で読者がいるように思います。子供向けのマンガ本とあなどるなかれ。イノベーションの定義や発生するメカニズムについて、なかなか本質的なことをこの本からは読み取ることができます。

この「発明・発見のひみつ」で触れられている発明事例はどのようなものがあるのでしょうか。

ここではカップヌードルやランドセル、飛行機、サンドイッチ、水道、ティーバッグ、レントゲン写真、オリンピック等が掲載されています。この本の中で紹介されているイノベーション事例は、私が考えるイノベーションの定義にすごく近く共感が持てます。一方で、少し違和感を持たれた読者の方もいらっしゃるかもしれません。サンドイッチには、先ほど解説した技術的な革新というものはありませんので、イノベーション=技術革新といつの間にか考えてきた読者の方にとっては、その点が違和感の原因の1つかもしれません。

イノベーションという言葉の定義を、読者の皆さんにとってより明確にするために、これからサンドイッチの例を用いて解説したいと思います。この本の中では、サンドイッチが発明された時の経緯についてもマンガで説明されています。具体的には、サンドイッチ伯爵が、トランプが好き過ぎてトランプを中断したくないから「パンに肉を挟んで持って来てくれ」と依頼したのが発明のきっかけで、それが語源にもなったという話が紹介されています。そのエピソードからも想像できるように、サンドイッチが生まれる前は、多分食べ物は座って両手を使って食べていて、何かを食べながら別の事をやるということはできませんでした。しかしサンドイッチが生まれて、片手で食べながら別の事ができるようになりましたし、食べながら歩き回れるようにもなりました。人間の食事の行動習慣を変えることにつながったのです。このように考えるとサンドイッチに対するイノベーションの評価はどうでしょうか。必ずしも技術革新が伴わなくとも、人々の行動習慣や観念を変えるようなことは可能ですし、歴史上そのようなケースは多くあったようです。

ティーバッグもそうです。発明される前は恐らく紅茶を飲む時に1人分だけ入れるというよりは、複数名でセレモニー的に過ごすということが普通だったでしょう。それが、1人だけでお茶だけを楽しむということを可能にしました。ティーバッグも、サンドイッチと同じように人々の行動や価値観を変えた側面が大きく、人間中心イノベーションの事例の1つかもしれません。

ほかに水道も掲載されていますが、これは製品でもサービスでもなく、生活インフラの事例です。確かに、よくよく考えたら水道があるかないかを考えると私達の食事の準備や入浴、衛生状態など、日常生活はかなり変わってしまうわけです。さらに、オリンピックという概念が出る前の国と国の競争要素は何だったでしょうか。経済的な競争や武力的な競争だったところに、スポーツや平和、健康といった概念で競争しようという考えが持ち込まれているわけです。このように、いくつか紹介した発明事例は、Wikipediaの定義と見比べてもイノベーションといえるでしょう。私はこの本を母親から小学校3年生の時にプレゼントされましたが、それ以来この本は私にとってイノベーションのバイブルとなっています。

ここで他にも、イノベーションバイブルと言われる書籍でなおかつ本書の内容を読み進めていただく際にも参考書籍として有用な追加の2冊を紹介したいと思います。当然この2冊を読んでいなくとも、本書は読み進めていただけますし、その内容も十分に理解してもらえると確信していますが、さらにこの2冊を読んでいただけると、私の課題認識や本書の内容の本質的意味合いがより明瞭に理解いただけるように思います。

なぜイノベーションは起こりにくいのか

イノベーションに興味関心のある方でしたら、「イノベーションのジレンマ」(発行は翔泳社)という本と一連のシリーズ本について、ご存知の方も多いと思います。「イノベーションのジレンマ」は、米ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が書いた本です。クリステンセン教授は、イノベーション・マネジメントの分野で著名な専門家を3人挙げろと言われたら、誰もが必ず名前を挙げる方だと思います。この本では、かつてはイノベーションを起こした大企業において顧客の声に耳を傾け継続的にイノベーションを追求しているにも関わらず、なぜイノベーションが起こりにくくなるのか、なぜ結果としてベンチャー企業に先んじられてしまうのか、ということを分析しています。その分析の中では、イノベーションの種類について「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」という分類を導入し、マネジメントの観点からアプローチの違いと限界を解説した、非常に優れた本だと思います。

図4 持続的イノベーションと破壊的イノベーションの発生メカニズム「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン著、翔泳社)を基に筆者作成

もう少し、この本の内容について紹介をしておこうと思います。とある製品の市場において、企業は製品単価を上げ利益を増やしたり、競合他社の製品を押しのけ顧客から選ばれる可能性を高めるために、技術的性能を上げることに注力します。そのため、市場全体でみても、一般的には時間が経てば経つほど、特定製品の性能は向上し続けることになります。図4の実線は、時間と比して市場における性能向上の様子を表現したものです。この右肩上がりの性能向上のことを、クリステンセン教授は「持続的イノベーション」と定義しました。ユーザーに対して提供している価値の種類は変わらない一方で、その提供手段である製品の性能を持続的に向上させている活動のことを意味しています。大企業における一般的な研究開発のほとんどは、意図しているかどうかわかりませんが、この持続的イノベーションを狙ったものと言えるでしょう。

次に同じ図4上で、ユーザーの要求水準の高まりを破線で引いてみます。このグラフからは、当初は企業が実現できる性能品質の上にあったユーザーの要求水準について、ある時点で市場が提供できる性能水準が追い越してしまい、ユーザーが「過剰満足」の状況になっていることを示唆しています。しかし、このような状況になってもなお、愚直にユーザーにニーズを聞くと、ユーザーの期待値を超えているにも関わらず「より性能の高いものを」という声があり、企業は引き続き性能向上に邁進するのです。登場人物が企業とユーザーの2者だけだと、この過剰満足はどこかの時点で解消され、ある意味適正な性能水準に落ち着くのかもしれません。しかし登場人物には他にも競合他社という存在があり、競合企業との競争に打ち勝つためにも、性能向上し続けるという動機が働いてしまいます。「イノベーションのジレンマ」では、持続的イノベーションや過剰満足の発生メカニズムについて様々な業界と製品の事例を挙げながら説明しています。

また、持続的イノベーションとは別に「破壊的イノベーション」についても発生メカニズムが解説されています。クリステンセン教授は、一般的に従来品よりも低価格、シンプル、使い勝手が良いものが、既存製品とは全く異なる価値基準を市場にもたらすことを、「破壊的イノベーション」と言っています。

破壊的イノベーションについては、私たちの身近な事例として、例えば国際電話市場で起こったことがその良い事例なので、解説したいと思います。現在の私の日常生活の中で、海外にいる人と音声でコミュニケーションをとろうとすると、第一の選択肢はSkypeとなります。皆さんも具体的にSkypeかどうかは別として、広義でインターネット技術を用いたインターネット通話が第一の選択肢となっているのではないでしょうか。しかしインターネット通話技術が出る前は国際電話市場の大半は既存の電話回線を用いた音声通信だったはずです。例えば、NTTコミュニケーションズなどの通信会社がその主役であり、先ほどの持続的イノベーションのプロセスにあり、より品質の高いサービスを目指し事業を行っていました。

しかし、そのユーザー満足水準の下から別の何かが出現したわけです。それがSkypeに代表されるインターネット通話サービスです。私自身ユーザーとして体験していたわけですが、Skypeはサービス開始当初は音声品質が悪い上に、そもそも利用している人も多くないので、通話開始前に通話相手にアプリケーションをインストールしてもらう必要があり、期待する水準には程遠いものでした。しかし通話性能が徐々に向上して一定数普及するようになると、友達との会話くらいだと「もうSkypeで良くないか?」と思うようになるわけです。過剰満足のユーザーが多かった国際電話市場において、ある特異点を超えた途端に、これまで電話回線を利用していたユーザーが手のひらを返したように、Skypeへと流れ込んでいきました。Skypeはこれまでのものと比較して性能は低いけれども、安く、シンプルで、既存の電話回線を用いた音声通話とは異なる価値として互いの顔も見ることができます。このようなイノベーションの発生メカニズムをクリステンセン教授は、破壊的イノベーションと呼んでいます。

かつては、国際電話市場を切り開いたイノベーターともいえる通信会社が、愚直にユーザーの声に耳を傾け性能向上という持続的イノベーションを真面目に追求していたにも関わらず、それが故に新興企業であるSkypeに市場のルールを塗り替えられ、ユーザーを奪われてしまう隙を作り、「破壊的イノベーション」に直面する。そういうジレンマを「The Innovator’s Dilemma」(「イノベーションのジレンマ」の原著タイトル)と呼んでいます。

クリステンセン教授は「イノベーションのジレンマ」に続く一連のイノベーション関連の書籍の「イノベーションへの解」「イノベーションの最終解」で、先ほど紹介した破壊的イノベーションについて、「ローエンド型」と「新市場型」の2種類に分けて議論しています。「ローエンド型」では、市場を占める既存の大企業群と対抗しながら、過剰満足で過保護にされた顧客を低コストのビジネスモデルで攻略します。もう1つの「新市場型」は。競合する既存の大企業群からではなく、ユーザーが消費しない状況「無消費の機会」に対して新しい価値を提案し、ユーザーを奪うのではなく市場そのものを開発します。(図5)

図5 新市場型破壊的イノベーションの位置付け「イノベーションへの解」(クレイトン・クリステンセン/マイケル・レイナー著、翔泳社)を基に筆者作成

これら「ローエンド型」と「新市場型」を比較してみたいと思います。「ローエンド型」はニーズを過度に満たされた顧客が対象で、安ければ性能が低くても喜んで受け入れる顧客層がいます。このため、当初は新市場を生み出すわけではなく、元々市場があった中で顧客を奪っていきます。一方「新市場創出型」は無消費顧客と定義される、これまで全くその製品・サービスに関係していないか、その価値を得るために高い料金を払って専門家に頼んでいた人達を対象とするビジネスです。従来とは別の新しい価値を生み出し、それを顧客に届けるために事業を推進していきます。その結果、無消費に対抗し新市場を生み出した、新市場型イノベーションとなります。(図6)

図6 イノベーション発生メカニズムの類型と特徴

近年は「持続的イノベーション」ではなく、「破壊的イノベーション」、特に最後に説明した「新市場型」が注目を集めています。「新市場型」のイノベーション事例としては、ひと昔前のものでは、音楽を持ち歩くという新しいライフスタイルの価値を創出したソニーのウォークマン、最近では人と人のつながりが生み出す価値を強調拡大させたSNSの覇者フェイスブックなどが挙げられます。

注目されるデザインシンキング

次に「新市場型」のイノベーションをいかに生み出すかという問いに対し、「デザイン」という切り口から、1つの解決策を提案した書籍「発想する会社」(発行は早川書房)を紹介したいと思います。

この書籍は、米IDEOというコンサルティング会社の副社長トム・ケリー氏が、「デザインシンキング」というIDEOが提唱するイノベーション創出の方法論について初めて書いた本です。2015年にはデザインシンキングに関する書籍が日本においてもたくさん出版されましたが、その方法論を提唱し始めたのはIDEOになります。トム・ケリー氏もまた、前述のクリステンセン教授とともにイノベーション業界において世界のトップヴィジョナリーの1人です。なおトム・ケリー氏には、東京大学i.schoolの設立当初よりアドバイザリーボードの一員であるエグゼクティブフェローにも就任していただいており、定期的にi.schoolスタッフらと議論をしたり、学生へのトークイベントを開催して頂いたりしています。デザインシンキングは、その言葉のキャッチーさと方法論の自由度の高さから様々な方が様々な観点から方法論を紹介していますが、やはり原点に立ち返ることができるこの本をまずは読まれることをお勧めします。少々乱暴な要約かもしれませんが、「技術から発想するのではなく、まずはフィールド観察に出かけてユーザーを観察しましょう。ユーザーへの共感からアイデアを生み出しましょう」というのが私なりのこの本及びデザインシンキングに対する解釈になります。

トム・ケリー氏とお話しする機会があった際に、私は「なぜフィールド観察からプロセスを始めることが大切なのでしょうか?」と質問しました。それに対する答えは、「フィールド調査に行くのは、まずユーザーに共感するために。それが一番大切なこと」というものでした。IDEOのCEOであるティム・ブラウン氏もハーバードビジネスレビューの論文で言及していましたが、「ユーザーへの共感」が実はデザインシンキングの本質的な特徴であるように私は思います。日本に限らず世界中でいえることですが、メーカーによる技術革新がイノベーションの主役であった時代には、前述のようにイノベーションは技術革新とほぼ同義のように扱われてきました。生産する側が主導権をにぎり、生活者=消費者として扱うことが当然のようになりました。それに対して生活者=利用者とすることで、敬意を持って生活者とコミュニケーションをとるデザインシンキングの基盤となる考え方に対し、多くの人がそれこそ「共感」しているように思います。

デザインシンキングに対する人々の期待は、前述の通り「新市場型」のイノベーションへの活用が大勢を占めているようです。その真価は今後も継続して問われることになると思いますが、私自身の考えとしては、「ユーザーへの共感」というシンプルながらも、過去のイノベーション創出の方法論に致命的に欠けていた概念を投げ込んだこの書籍を、現代の「イノベーションバイブル」として位置付けたいと思います。なお、デザインシンキングの強い点と弱い点など、方法論に関する解説と分析は第3章で触れたいと思います。

デザインシンキングが投げ込んだもう1つの大切な概念に「デザイン」や「デザイナー」がイノベーションの創出に力を発揮するということでした。イノベーションとデザインの新潮流について、その経緯も含めて少し解説したいと思います。

>> 【第5回】イノベーション× デザインがブームに に続く

*本記事は、書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の内容を、発行元の許可を得て転載したものです。無断で再転載することは禁止されています。

INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター/i.labマネージング・ディレクター

NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程を経て現職。イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。