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イノベーション経営戦略

イノベーション×デザインがブームに──デザインやデザイナーの思考プロセスを生かす
INNOVATION PATH─イノベーションパス─
成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方【第5回】

2017年2月17日

プロジェクトをいかに着地させるか。イノベーションを生む秘けつは、発想術よりプロジェクト手法にあった!――本連載は、創造性の研究・実践で知られる東大i.schoolとコンサルティング企業i.labのノウハウを解説した書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の中から、本サイトの読者に有用と思われる項目を、発行元の許可を得て転載したものである。新市場を生み出すような新製品・サービス・ビジネスのアイデア創出に取り組むビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

デザインシンキングブームもあり、最近はデザインやデザイナーの思考プロセスを、製品・サービス・事業開発を目的としたプロジェクトなどで活用するケースが増えてきています。また、方法論だけではなく、デザイナー自身が、製品・サービス・事業開発の上流工程であるコンセプト出しやユーザー定義などの段階に関与するようになってきているようです。さらには私の知るところによると、省庁での政策立案のプロセスにもデザインやデザイナーの考え方を方法論やプロセスとして活用しようという取り組みも行われているようです。

私自身はデザインの専門家ではありませんが、デザインの方法論やデザイナーがイノベーションの文脈の中で活用または活躍できることについて、自分ごととして理解をしているつもりです。実際に、筆者がマネージングディレクター(代表取締役)を務めるコンサルティング会社のi.labでは、スタッフの専門性区分をビジネスとデザイン、エンジニアリング、リサーチの4つに分けています。コンサルティング会社でありながらもビジネスと同程度に、デザインの専門性や素養を持ったスタッフが不可欠であると考えているので、常時2〜3名のデザイン系のスタッフ・アルバイトがいます。また、東京大学i.schoolの教育プログラムにおいては、これまでもデザインの専門性を持つ学生を東京大学外から募集し参加してもらってきました。

なぜデザインやデザイナーがイノベーションという文脈で必要とされるのか、その経緯を追いながら、その必然性について解説をしていきたいと思います。

まず1986年にピーター・ロウ氏が書いた「Design Thinking」という本からデザイン側の挑戦が始まりました。この本では、都市計画や建築分野のデザイナーの思考様式を形式知化して、かつプロセスとして捉えた考察がなされており、今読んでも新鮮で非常に面白いものです。大切なのは、一瞬一瞬のノウハウではなく、思考のプロセスとして捉えているところにあります。この書籍の中では「デザイン・シンキング」という言葉は、先ほど紹介したIDEOの提唱するデザインシンキングとは若干定義が異なり、都市計画や建築分野で活躍するデザイナーの思考プロセスのことを指しています。この本の中で、間違いなくこれがポイントだと私が考えている文言があります。それは、ピーター・ロウ氏いわく、デザイナーが扱う問題には「輪郭の明瞭な問題」と「輪郭の不明瞭な問題」とがあるというところです。輪郭が明瞭な問題は、例えるならば連立方程式みたいなものです。2次の連立方程式では、AとBがあって、その数字は共にわからないとしても、その関係性を表す式が2つあれば解くことができます。つまり問題は存在するけれども、ある定石に従えば必ず解き方が分かるようなものです。それをピーター・ロウ氏は「輪郭の明瞭な問題」と呼んでいます。

一方で「輪郭が不明瞭な問題」は、そもそも何が問題かよく分からない、課題そのものが分からないといったものを意味しています。デザインが扱う問題の多くはそういう輪郭が不明瞭な問題であるとも、この本では言及されています。実は、輪郭の不明瞭な問題を無視せずにいかに取り扱えるようになるかということは、社会にとって大事なことで、それに挑むためにデザイナーの思考プロセスを一般化して世の中で広く使えたらいいのではないか、といったビジョンまでもが書かれています。この本では、思考プロセスの紹介や解釈だけでなく、社会の中での活用可能性に対するビジョンも提案されている点で現代のイノベーションとデザインの関係性につながる大切な書籍だといえるでしょう。

次に「ブルー・オーシャン戦略」(発行はダイヤモンド社)という本を挙げたいと思います。これはデザインというよりは、圧倒的にビジネス寄りの本です。非常に簡単に言うと、「マイケル・ポーターが言う競争戦略で海を血で真っ赤に染めるのではなく、未だ見ぬ新市場であるブルーオーシャンに漕ぎ出そう」という内容です。このブルー・オーシャン戦略では、理念的に血の海で戦う競争戦略の無意味さを説くだけではなく、実践的に新しい事業を生み出す思考フレーム導入やワークショップを活用し社内知見を得ること、さらにワークショップを通じて組織的合意形成を促すことなどを提案しています。静的な思考フレームワークの提示だけでなく、それを動的なプロセスとして設計し紹介している点は、ビジネス分野の方法論としては異色ともいえます。ブルー・オーシャン戦略は、既存市場の中で戦う持続的イノベーションではなく、「新しい価値」を付与・提案することで、既存市場ではなく新しい市場で勝負することを提案している本です。クリステンセン教授が定義した「新市場型破壊的イノベーション」のための方法論という位置付けです。

この書籍も、IDEOの「発想する会社」の少しあと2005年頃に世界中でブームを巻き起こしました。著者はフランスを本拠とするビジネススクールINSEADのチャン・キム教授らですが、彼はイノベーション・マネジメント分野において、戦略論のポーター教授、イノベーション論のクリステンセン教授と並び称されることもある程に有名です。この本の最も大切な点は、ビジネスという切り口から、新価値の創造や新市場の開発というキーワードを提唱し、方法論を具体的に提示したところにあります。それらのキーワードや方法論は、出版後の10年たった今ではデザインシンキングの流れと出会う形で、ビジネスとデザインの交差点に位置付けられるようになりました。

これらが、イノベーションとデザインが新潮流として世界的に受け入れられるようになった背景だと私は考えています。現在では、そのような世界的潮流に出遅れた感がある日本企業においても、デザインやデザイナーの力を利用して新しい価値とともに新市場にて事業開発を試みることが増えてきています。特に2015年後半からは、メーカー系の企業がそのような動きを活発化しているように感じますし、現に2016年度版のものづくり白書においても、イノベーション×デザインの事例が多数紹介されるようになりました。

図7 技術中心と人間中心のアプローチの比較

最後にイノベーション創出に向けたアプローチ方法に関して、これまでの主流だった技術中心と比較する形で、デザインというキーワードで語られることの多い人間中心の方法論の特徴を図7で整理しました。例えばメーカーが得意としていた従来の方法論は先端技術の開発や探求が中心で、不明瞭な問題を見つけるというよりは、顧客が既に持っているニーズにいかにして応えていくか、ということでした。製品は感性的よりは機能的で、社内的に発言力が強かったのはエンジニアや営業でした。一方で、近年話題を集める人間中心の方法論は、問題の輪郭が不明瞭な人・社会の課題認識を追求しています。解決策よりも課題設定そのものをやり直そうとし、機能よりも感性的な部分を大事にします。そうしたアプローチで別分野でこれまで活躍してきたのはデザイナーや建築家なのです。

>> 【第6回】大企業発のイノベーションの可能性も に続く

*本記事は、書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の内容を、発行元の許可を得て転載したものです。無断で再転載することは禁止されています。

INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター/i.labマネージング・ディレクター

NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程を経て現職。イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。