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イノベーション経営戦略

大企業発のイノベーションの可能性も──有望なアイデアを持つのはベンチャーだけではない
INNOVATION PATH─イノベーションパス─
成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方【第6回】

2017年2月28日

プロジェクトをいかに着地させるか。イノベーションを生む秘けつは、発想術よりプロジェクト手法にあった!――本連載は、創造性の研究・実践で知られる東大i.schoolとコンサルティング企業i.labのノウハウを解説した書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の中から、本サイトの読者に有用と思われる項目を、発行元の許可を得て転載したものである。新市場を生み出すような新製品・サービス・ビジネスのアイデア創出に取り組むビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

社会的にはイノベーションというと、若者が起業し急速な成長を追求するベンチャー企業の専売特許のように考えられているように感じます。確かにクリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」の中でも、既存事業のないベンチャー企業が破壊的イノベーションには優位であると触れられており、イノベーション=ベンチャー企業と考えるのも頷けます。多くの人は「大企業の組織は保守的かつ硬直的すぎてイノベーションは生まれない」といった、あきらめのような気持ちになっているかもしれません。しかし、大企業にもチャンスはあります。

私自身は「大企業からのイノベーションの可能性」について、肯定的に捉えている部分もありますので、その理由について解説したいと思います。

まずは、イノベーションにつながる「有望なアイデア」の見分け方を考えていきましょう。イノベーションにつながりそうな有望なアイデアか否かは、既存の製品やサービス、ビジネスモデルとの比較で判断できる「新規性」、未来の市場や社会に対してどのような経済的・社会的効果をもたらすと期待されるのかという「インパクト」の2つの軸で評価することが多いです。アイデアがまだコンセプト段階であるとしても、どちらの観点で見ても高く評価されるものは、長期的にみると人々の行動や価値観を不可逆的に大きく変える可能性があり、イノベーションにつながりやすいアイデアといえるのではないかという仮説を持っています。確かに、現時点で2つの観点で低い評価となっていても、結果としてイノベーションであったと未来に評価されるアイデアはあり得るでしょう。しかし、現時点でイノベーションにつながりやすいアイデアを効率的に見分けるためには、この2つの観点による評価は有効だと考えています。

大企業にイノベーションの大きな可能性を感じるという点について、この2つの観点を踏まえながら紹介したいと思います。確かに、アイデアの質を評価する観点である新規性やインパクトに関して、大部分の大企業が組織として持つ保守的な考え方や、前例のない創造的な発想や行動を支援しにくい効率重視の経営システムにおいては、評価しにくい部分かもしれません。新規性の見極めには、そのアイデアについて高い分解能とともに価値を深く理解する能力が不可欠です。インパクトの評価はどうしても仮説に基づく推測にならざるを得ず本質的に不確実性を伴うものなので、大きな組織で意思決定プロセスが複雑化し権限も分散している状態では、なかなか共通見解に到達することが難しくなります。そうしたアイデアを創出したり、社内で合意形成するプロセスにおいては、いわゆるベンチャー企業などの方に優位性があるかもしれません。

しかし大企業の中で、何らかの方法論や支援を駆使して、仮に十分な水準で新規性やインパクトを持つアイデアが生み出され、推進する決定がなされたとします。イノベーション候補のアイデアが実現し、社会的なインパクトを実際に生み出しやすいのはどういった組織なのでしょうか。例えば製品のアイデアとすると、技術面で実現できる状況を整え、生産面でも量産体制を整え、生活者に実際に届けるための仕組みである流通的な面にまでも経験と資源、ネットワークがある大企業には優位性があるといえるでしょう。

特に「新規性」の高いアイデアは、生活者の側や企業にとっても初めて取り扱うものであるため、意図的に慣れ親しんだ仕組みや接し方を利用して、そのアイデアを試してもらう必要があります。その点で、例えば家電メーカーだとすると、既存製品の流通網、特に店舗での販売棚を持っていることは、大きな強みとなりえます。また、BtoBの事業を行う企業ですと、既存顧客がいて通常の製品と一緒に新たなアイデアを試しに持ち込めるというのは、大変な強みです。以上を言い換えると、新規性の高いアイデアであるからこそ、それを実現する流通の仕組みや、生活者に触れさせる導線は、事業者側にとっても生活者側にとっても、既知のもので敷居が低いものである方がベターであるということです。ベンチャー企業は新規性のあるアイデアを新規な流通網で届けなければなりませんが、大企業では新規な流通網を一から構築する必要性がないわけです。そこに大きなアドバンテージがあります。

ソニーが2014年からスタートした、平井一夫社長直轄の事業開発のプロジェクトで、「SAP(Seed Acceleration Program)」というものがあります。SAPではソニーの既存の事業部門では製品化・事業できないような事業アイデアを取り扱っています。SAPの取り組みは経済産業省が主催する「日本ベンチャー大賞」にて、2015年度の「イントラプレナー賞」を受賞しました。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、スマートロック「Qrio(キュリオ)」は、このSAPから生まれた製品・事業アイデアです。Qrioに関してはビジネスと商品のコンセプトを含めてプロトタイプをつくり、ビジネスモデルを構築、会社を立ち上げるまでにわずか7カ月でやり遂げたそうです。スマートロックという製品コンセプトについては、私の知る範囲においても、既に2012年夏頃にはシリコンバレーのベンチャー企業に存在していました。しかし、実はその後に技術的にそのコンセプトを実現していく段階でそのベンチャー企業は困難にぶつかり、なかなか市場に製品を出せずにいたようです。一方で、ソニーはものづくりのノウハウと実績は十分に持っているので、スマートロック製品を実現しようと思い立ってからは、わずか7カ月で実際にプロトタイプをつくったり、ビジネスを実施できる体制を作り上げたのです。

この話は、私が先に述べた、大企業がイノベーションの創出においてアドバンテージを持つということの良い事例だと思います。大企業は、新規性とインパクトを持つ製品コンセプトを作り出し組織的合意形成をできると、その実現に向けてこれまで既存事業で培った経験や流通チャネル、ブランドをフル活用し、新しい価値をベンチャー企業よりも素早く効率的にユーザーに提案できるはずです。

>> 【第7回】どうやってアイデアを創出すべきか に続く

*本記事は、書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の内容を、発行元の許可を得て転載したものです。無断で再転載することは禁止されています。

INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター/i.labマネージング・ディレクター

NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程を経て現職。イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。