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イノベーション経営戦略

どうやってアイデアを創出すべきか──日本文化に根ざした新コンセプトが、日本発イノベーションの種に
INNOVATION PATH─イノベーションパス─
成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方【第7回】

2017年3月15日

プロジェクトをいかに着地させるか。イノベーションを生む秘けつは、発想術よりプロジェクト手法にあった!――本連載は、創造性の研究・実践で知られる東大i.schoolとコンサルティング企業i.labのノウハウを解説した書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の中から、本サイトの読者に有用と思われる項目を、発行元の許可を得て転載したものである。新市場を生み出すような新製品・サービス・ビジネスのアイデア創出に取り組むビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

これまでの議論のような経緯もあり、最近のイノベーション創出のプロセスでは、技術研究や製品開発、デザイン開発のみならず、もっと上流工程にある「音楽を持ち歩く」というような、製品やサービスの「コンセプト」そのものを生み出す、または作り替える部分に注目が集まっています。そんなイノベーションに欠かせない「コンセプト」とは何か、なぜ今それが必須なのかについて話をしたいと思います。

私は日本メーカーの弱点は、市場を生み出すような新しい「コンセプト」に踏み出せないところにあると考えています。製造の技術にも定評があり、質の高い量産体制もある日本。日本のものづくりの技術力の高さは、世界的にも高い信頼を得ています。例えば、iPhone 5の部品シェアの50%以上を日本の部品メーカーが占めていることからも、その高い技術力が伺えます。

しかし、このような革新的コンセプトを持つ製品を支える確かな技術力がありながら、日本ではアップル製品のような革新的コンセプトを持つ製品が生まれていないのが現状です。その理由として挙げられるのは、日本はこれまで技術面の優位性確保に重きを置いていたがために、より人の面の利用体験や行動変容、社会変化の予兆等への考察が足りなかったのではないかと考えられます。製品単体でのビジネスではなく、ユーザーの利用体験や行動変容、社会変化までを検討の範疇に含んだ、調和的で方向性を有した全体観のあるコンセプトが弱かったといえるでしょう。繰り返しになりますが、日本企業はコンセプトを創ったり、既存製品のそれを変更したりする部分が弱いと考えます。アップル製品を目の前にしたときのあのワクワク感、そこにはユーザーの新しい利用体験を想起させながらも、決してユーザーに媚を売らない、革新的な製品の持つコンセプトの強さを感じます。

今の日本企業に求めることは、日本発の新しいコンセプトの事業を世界へ提案することではないでしょうか。現在、日本語圏の市場は、英語圏、中国語圏と比べれば大きいとはいえません。英語圏の規模は日本語圏の規模の約10倍ほど、中国語圏は日本語圏の15倍ほど。これは、母語や公用語人口からみても当然とも言えます。しかし、それでも日本語圏の市場は1億2000万人以上の規模ができあがっているといえるでしょう。そのため、欧米で流行ったことをそのまま日本にもってくるだけでも事業が成立してしまいます。しかし、それは単なる受け売りビジネスでしかありません。成功といっても中途半端なものになり、グローバル化が進む現代においては、長期的な成功は見込めません。そういった問題を抱えた現状で今後、必要とされることは何でしょうか。それは、ずばり日本から世界に新しいコンセプトの事業を発信していくことなのではないかと私は考えます。日本の事業のコンセプトの弱さを先述しましたが、これから日本が日本語圏の市場を超え、世界的にビジネスを行うためには、日本から世界に新しいコンセプトを発信していくことが必要なのです。

そして、世界で戦う日本企業を支えるものは、日本文化に根ざしたコンセプトではないでしょうか。日本にもトヨタ自動車、無印良品(良品計画)、LINEなど世界で戦っている企業や事業があります。LINEはもともとは韓国企業ですが、そのサービス内容の要諦や立ち上がった市場として日本に深い関係があるので、日本発イノベーション事例として紹介します。これらの企業に共通している点を挙げると、どれも事業や製品、サービスのコンセプトが日本文化に根ざしているということです。

世界販売台数が1000万台を2013年度に達成したトヨタ自動車が大切にしている組織文化として挙げられるものとして、1935年に制定された「豊田綱領」が挙げられます。創業者である豊田佐吉の没後、豊田利三郎と喜一郎が遺訓としてまとめたもので、今もグループの原点となっているものです。その中では、華美を戒め質実剛健であるべき、といったことや、家庭的な美風を盛んにすること、など日本的な価値観が盛り込まれています。これは、1992年に制定された「トヨタ基本理念」にもその精神はそのまま引き継がれ、現在に至っています。その精神は、トヨタ自動車が製品として送り出す自動車にも色濃くコンセプトとして注入されているように感じられます。家族で安心して使える信頼感ある品質・デザイン、自然との共生意識を誘起させるプリウス、そして華美すぎず質実剛健なレクサスブランドなどです。また、顧客とのコミュニケーションの取り方にも、前述の家庭的な美風を感じられます。

2016年2月現在、国内では直営312店舗、さらに海外でも25カ国・344店舗にて展開している無印良品。1980年の日本に消費社会の一種のアンチテーゼとして生まれました。ノーブランド(無印)であるけれども良いもの(良品)を、そして生産工程における手間も省き、豪華さではなく簡素な商品を手がけてきた無印良品は、長く愛されています。この簡素さの中に美や価値観を見出だす姿勢には、茶道における美意識を見ることが出来ます。簡素だからこそ、そこにイメージをもって価値や美意識を見立てていく茶道の精神は、無印良品のシンプルな製品にも同じように見ることが出来ます。こういった日本文化に源流をもつ美意識が、今、海外にも受け入れられているのです。

そして2011年6月のサービス開始以来、登録ユーザー数が累計10億人を突破したLINEもまた世界で活躍している企業です。このLINEが他のSNSと一線を画しているのは一体何でしょうか。それは拡散的な人間関係構築ではなく、LINEがよりクローズドな知り合い同士のコミュニケーションを活発にしていくことを目的につくられたサービスである点ではないでしょうか。LINEを象徴する機能である「スタンプ」も、よりコミュニケーションを密にしたい、また言語化しづらいニュアンスも漫画のキャラクターを連想させるスタンプでなら伝えられるといった重要なツールとなっています。不特定多数の見知らぬ人たちとつながることより、身近な人との和をより密にしていこうという態度は、日本的な文化といえるのではないでしょうか。大切な人とのコミュニケーションをより楽しく、豊かなものにすることを目指すのは、日本的なものでしょう。

これらのように世界で戦う日本企業には、日本文化に根ざしたコンセプトがあります。外からのものを受け入れるのではなく、これまで培ってきたものをコンセプトにする。それが今、必要とされていることであり、グローバルな市場におけるイノベーション戦略において重要なのではないかと考えています。繰り返しになりますが、既にある他社コンセプトのコピーや派生製品を作り続けるのではなく、文化に根ざした新たなコンセプトを持った事業や製品、サービスの形で発信していくこと。そうしたものが長期的にも世界で敬意をもたれるものになるのではないでしょうか。

新しく力強いコンセプトを大きな組織からいかにして生み出すのか、ということが次に見えてくる課題となります。その課題に対して、唯一の解はないと見ていますが、筋のいい解決の切り口はあると思っています。その切り口を私は、①人材と②プロセス、③体制の3つだと考えています。本書の中で、第2章では特に人材の話に焦点をあてており、第3章と第4章ではプロセス、第5章では具体的事例の紹介、そして第6章ではそれらをマネジメントの観点から統合的に議論したいと思います。(図8)

図8 本書におけるイノベーション・マネジメントの観点

>> 【第8回】東京大学にあるイノベーション教育プログラム、「東京大学i.school」 に続く

*本記事は、書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の内容を、発行元の許可を得て転載したものです。無断で再転載することは禁止されています。

INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター/i.labマネージング・ディレクター

NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程を経て現職。イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。