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イノベーション経営戦略

イノベーション人材が身につけるべき要素や能力──モチベーションとマインドセット、スキルセットとは
INNOVATION PATH─イノベーションパス─
成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方【第9回】

2017年4月21日

プロジェクトをいかに着地させるか。イノベーションを生む秘けつは、発想術よりプロジェクト手法にあった!――本連載は、創造性の研究・実践で知られる東大i.schoolとコンサルティング企業i.labのノウハウを解説した書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の中から、本サイトの読者に有用と思われる項目を、発行元の許可を得て転載したものである。新市場を生み出すような新製品・サービス・ビジネスのアイデア創出に取り組むビジネスパーソンの一助となれば幸いである。

イノベーションを生み出せる人材に自分自身が育ったり、自分の部下を育てたりするためには、どのような目標を設定しておけばよいのでしょうか。東京大学i.schoolで設定している目標を具体的に紹介したいと思います。また、その次に、経済産業省が実施した興味深いアンケート結果がありますので、それも紹介及び解説したいと思います。

東京大学i.schoolの活動を統括指揮するエグゼクティブディレクター堀井秀之教授は、イノベーションを起こせる人材になるために身につけるべき3つの要素を提唱しています。それは、モチベーションとマインドセット、スキルセットになります。

イノベーションのためのモチベーションとは、例えば自分が人生をかけて実現し社会に提案するアイデアを見つけること、自分の専門性を生かしたいと思える社会課題や事業領域が見つかること、自分がイノベーション創出を追求するにあたって腹落ちする理由が見つかることなどを意味します。堀井教授は3つの要素の中で、モチベーションがイノベーション人材にとって最も大事なものであるといいます。

イノベーションを社会に生み出していくプロセスでは、ただ面白いアイデアを出せば役目が終わるわけではなく、その実現に向けては様々な方とのコミュニケーションが発生し協力を募ったり、もう辞めたいと思うほどに強い困難に出くわしたりもします。そうした際に、人々が共感し一緒に頑張りたいと思えるほどに理想があり、困難があってもそれでも前進したいと思える、また絶対に前進せねばならないと思える、自分自身を鼓舞するモチベーションは必須なものとなります。

アイデアの新規性が高い、言い換えると、これまでの市場では全く見たことのない製品・サービス・ビジネスであればあるほど、その実現のためのプロセスは過酷になります。その素晴らしいアイデアを届けたい対象であるユーザーですら、当初はその価値に気づいてくれずにそっぽを向かれることも多々あります。さらに、既存の製品・サービス・ビジネスを一所懸命に担当し成長させ、その中で成果を上げて出世してきた多くの役員たちは、これまで自分たちが成果をあげてきた方向性とは異なる方向性のものに対して、少なくとも最初は懐疑的な姿勢から入ります。そうした環境の中で、イノベーティブな製品・サービス・ビジネスを生み出すことを期待されているイノベーション人材は、孤独な状況にもなります。

自分自身がどれだけそのアイデアに情熱を持てるか、信じられるか、これを実現したいと思えるのか、自分自身への厳しい問いかけが毎日起こります。その問いかけに対して、自分なりの強い答えを持てているかどうかは、イノベーションを追い求めるプロジェクトにおいても、その成否を分ける一番の要素とも言えます。私自身、自らが経営責任を持つ組織に関しても日々そうした自問自答が巻き起こりますし、クライアントプロジェクトに関してもコンサルティング会社側の責任者という立場で葛藤が巻き起こります。綺麗な言葉ではないですが、それこそ吐き気を催すほどの不安や葛藤と日々つきあいながら、自分自身を鼓舞し前進していきます。そうした日々の拠り所となるのが最も大事な要素であるモチベーションというものでしょう。

 次にマインドセットの話です。マインドセットとは、日本語でいうと習慣的に身についた考え方や物の見方といったところでしょうか。ここで必要となる「マインドセット」とは、今まで持っていたマインドセットからの変化が必要であるという意味と捉えていいでしょう。私は、具体的には次のようなマインドセットをi.schoolに参加する学生には期待しています。

①楽しく前向きにやる

・創造的な思考と行動は本質的に楽しい
・これまでの研究や仕事のやり方に捕われない
・先が見えないモヤモヤ感も楽しもう

②真剣に本気でやる

・1人の大人として基本的なマナーは何か自分で考え行動する
・実践的な能力を身につけるためにも一瞬一瞬を本気でやる
・揉める時は破壊的ではなく建設的に揉めるように

③他者を理解し尊重する

・驕りではなく、多様な年代と専門性、才能が集まるコミュニティの一員になる自負心
・自分自身やこれまでのコミュニティとの違いを楽しむためにも、他者理解が重要
・自分を理解し尊重して欲しいなら、まずは自分が他者にそうしよう

その内容について言葉にするのは容易ではないですが、私自身i.schoolに関わるようになり、マインドセットに明確な変化がありました。一番は、自分とは思考の癖やプロセスが質的に異なる人と仕事をすることが楽しみになりました。それと同時に、大学・大学院さらに前職のコンサルティング会社での環境がかなり画一的な人が集っていたということにも気づかされました。その環境にいた時にはそれなりに多様な環境だと思っていたのですが、その多様さは恐らく習熟度や専門分野の違い程度の差であり、本質的な思考や価値観の多様さとは異なるものだったなと今では思います。

私とは全く異なる専門分野の学生から、私よりも明らかに習熟度が低いにもかかわらず、生活者インタビューの時にキレのよい洞察を見つける様を見せつけられると、新たなライバルなのか仲間なのかを見つけたようで、高揚した気分になります。これからも、今の環境について自分自身が10年後に振り返ってみると、あの時は画一的だったなと思うように、発展的に多様な環境作りが必要であるように感じています。

最後に、スキルセットの話です。i.schoolが提唱する身につけるべき2つのスキルセットを紹介したいと思います。

1つ目は、新しい価値を作り出せるようになること。別の言い方をすると、何らかの創造的課題に対してアイデアを作れる、クリエイティブであるということです。クリエイティブになるということは、イノベーションに関する教育機関においてはほぼ100%が目標に設定しているようなものでしょうし、その目標を掲げているか否かが、イノベーション教育機関の「識別タグ」であるともいえます。

野球のイチロー選手が発言したと書籍やWEBで紹介されている言葉で、私は以下のようなものが好きでよく紹介しています。アイデアを生み出す所作とヒットを打つ所作は全く異なるものではあるものの、クリエイティビティを高めるための努力のやり方として、とても示唆を多く含んだ言葉のように私は思います。

『ぼくは天才ではありません。なぜかというと、自分がどうしてヒットを打てるかを説明できるからです』
『自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない』

2つ目のスキルセットとは「創造的課題に対して、アイデアを生み出すためのプロセスを設計できるようになること」です。私の知る限りにおいては、世界的にも見てもこのような目標を標榜しているイノベーションスクールやデザインスクールは他にありません。世界中のイノベーション教育機関と比較した際のi.schoolの本質的な特徴は、この教育目標を強く意識した教育プログラムを提供しているところにあります。

実際、i.schoolでは2014年度から、創造的なプロセスを設計できるようになるための教育機会も提供を開始しました。具体的には、高等教育機関においてイノベーション教育に携わる教職員向けに、ワークショップの設計とファシリテーションのための教育プログラムを、2014年度より提供しています。全国の大学や高専の先生らが延べ50人以上参加し、教職員のネットワーク作りの機会としても効果的にワークしています。筆者はプログラムの設計と講師役を務めていますが、各地で実際に教育に携わっている皆さんとの質疑応答の時間はとても質が高く、自分自身の知見をよりバージョンアップするために楽しみな機会となっています。

教職員に対してのみならず、学生に対しても、学生の中で1つ目のクリエイティビティに関するスキルセットの目標を達成しアイデアを出せるようになった「i.school修了生」に対しては、後輩向けのワークショップの設計やディスカッションパートナーの役割を通じて、そのワークショップを俯瞰する機会を提供しています。例えば、先ほど紹介したi.school KOMABAは、東大・本郷キャンパスで開講されているi.schoolにおいて既に充分な教育を受け修了生として認定された学生にとって、次は学んだことを伝えるチャレンジの場にもなっています。i.school修了生の中でも、熟練度と動機が高い学生は、i.school KOMABAにおいて自らワークショップのデザインとファシリテーションを担当し、先輩から後輩へのイノベーション教育機会の伝播が実現されています。

彼らは今後大学の研究者や教職員というよりは、主に産業界にて活躍することを志望する人たちです。そのため、彼らにこのようなプロセス設計の教育機会を提供している理由は、別に人材育成の教育プログラムを設計できるようになってほしいということだけではありません。勘のいい読者の方は既に気づかれたかもしれませんが、特定のテーマに対してアイデアを生み出すことが期待される数日間のワークショッププロセスと、企業の中で新しい製品・サービス・ビジネスを生み出すための数カ月間のプロジェクトは構造的な類似性があります。i.schoolがプロセス設計の能力を重視している理由はここにあります。i.schoolを巣立っていく学生の皆さんには、まずは教育を目的としたワークショップを設計できるようになり、その先に、企業においてイノベーションを生み出すためのプロジェクトを企画設計し、マネジメントするような存在になってほしいと考えています。

創造的課題に対する検討プロセスを設計するという話は、人材育成の文脈のみならず、イノベーション・プロジェクトの設計とマネジメントという、大企業におけるイノベーションマネジメントの要諦と密接に関係しています。プロセス設計については、本書の第3章と第4章でさらに深い議論をしていきたいと思います。

以上、モチベーションとマインドセット、スキルセットの3つの要素を紹介しました。前述の通り、もっとも大事なのはモチベーションではありますが、大事であるからといって、それを最初に身につけることができるとは限りません。確かに、モチベーションだけ先に得ることができても、行動や考え方が空回りになってしまいそうで、あまり成果を出せそうな人材には思えません。i.schoolでは、比較的学ぶ内容が定型化されプロセスも体系化されているスキルセットをまず身につけてもらいます。その過程で必然的にマインドセットの変化も起こります。そして、生活者に共感し理解を深める人間中心の思考プロセスを経験するうちに、社会課題が自分ごと化してモチベーションを獲得するという成長モデルを前提としたプログラム設計になっています。

>> 【第10回】「価値発見力」と「価値実現力」 に続く(後日公開)

*本記事は、書籍『INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方』(横田幸信著、2016年、日経BP社)の内容を、発行元の許可を得て転載したものです。無断で再転載することは禁止されています。
*東京大学i.schoolは、そのイノベーション教育・研究活動をさらに進化させるべく、2017年4月から法人に移行し、一般社団法人i.schoolとしてイノベーション実現に向けた新たな取り組みを行っています。

INNOVATION PATH─イノベーションパス─ 成果を出すイノベーション・プロジェクトの進め方

横田幸信(よこた・ゆきのぶ)
東京大学i.school ディレクター/i.labマネージング・ディレクター

NPO法人Motivation Maker ディレクター。九州大学理学部物理学科卒業、九州大学大学院理学府凝縮系科学専攻修士課程修了、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程中途退学。修士課程修了後は、野村総合研究所にて事業戦略や組織改革、ブランド戦略などの経営コンサルティング業務に携わり、その後、東京大学先端科学技術研究センター技術補佐員及び博士課程を経て現職。イノベーション教育の先駆的機関である東京大学i.schoolではディレクターとして活動全体のマネジメントを行う。現在は、イノベーション創出のためのプロセス設計とマネジメント方法を専門として、大学及び産業界の垣根を超えたコンサルティング活動と実践的研究・教育活動を行っている。