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イノベーション経営戦略

東京大学に学ぶ“起業エコシステム”のつくり方
人の連鎖がイノベーションを加速する

2017年3月9日

日本の大学発ベンチャーの成功例として注目されるのが、東京大学だ。同大学からは多くの有望ベンチャーが生まれ、“起業のエコシステム”が形成されている。多くのベンチャーが継続して誕生している背景には何があるのだろうか。東京大学でベンチャー支援と企業連携を推進する産学協創推進本部イノベーション推進部長の各務茂夫氏がその詳細を語った。

東大発ベンチャーを加速させてきたファンド戦略

――大学発ベンチャー支援に向けたこれまでの取り組みについてお聞かせください。

東京大学 教授
産学協創推進本部
イノベーション推進部長
各務茂夫氏

各務氏 東大発ベンチャーとしての取り組みが正式に始まったのは、2004年4月の国立大学の法人化がきっかけです。国立大学が独立経営になって独自性が認められるとともに、国からもらえる運営交付金が減ることで、教育や研究のレベルを維持しさらに高めるためには外部資金の導入が不可欠になりました。

また、法人化されることで、特許の所有権が大学になったことも大きな変化でした。それまで研究者個人に帰属していた発明の権利が所属する組織である大学に帰属することになり、研究成果を活用し、普及させることが大学としての業務に位置付けられたのです。

そこで東大では2004年4月に、大学発ベンチャーを支援する実務組織として産学連携本部(現在の産学協創推進本部)を設け、民間企業からベンチャー支援のためのコンサルティング経験者など専門家を数多く採用しました。また東大専属の技術移転機関である「株式会社東京大学TLO※」が大学の100%子会社になりました。

※Technology Licensing Organizationの略。研究で生まれた技術を産業界につなぐ仲介役のこと

――大学発ベンチャー創出の成功例として注目を集めていますが、どんなところに強みがあるのでしょうか。

各務氏 東大のベンチャー支援でユニークなのは、同じ2004年4月に、東大独自のベンチャー・キャピタル・ファンド運営会社として「株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)」を設立したことです。

当時、大学の子会社はTLOの1社しか認められていなかったので、UTECは厳密には東大のベンチャーキャピタルではなく“東大と密接な関係にあるベンチャーキャピタル”という位置付けです。しかし東大発ベンチャーを資金面で支援する体制は、2004年時点で整備されていたのです。

このUTECの第1号ファンドには83億円の資金が集まり、そこから百数十億円のリターンを生み出し、現在の第3号までで総計300億円のファンドを組成することができました。

さらに2013年には、国が大学発ベンチャー支援のために合計1200億円の出資事業を行うことを決定しました。これを受けて東大では2016年1月に「東京大学協創プラットフォーム開発株式会社」を設立し、250億円の第1号ファンドを用意しました。

このファンドはUTECとは違った性格を持った投資会社です。UTECが東大発の基礎研究をベースにしたベンチャー企業に出資するのに対して、東京大学協創プラットフォーム開発は、東大発ベンチャーを支援する民間ベンチャーキャピタルに対する出資(ファンド・オブ・ファンズ)の手法を取っているところに特徴があります。

ベンチャー企業が資金を必要とするタイミングや規模は様々です。イノベーションシステムを支えるには、異なる複数のファンドがあってよいのではないでしょうか。

同じ場所、同じ時間を共有してベンチャーを育てる

――具体的にはどんな体制でベンチャーを支援しているのでしょうか。

各務氏 東大のベンチャー支援体制で特徴的なのが、ベンチャーを支援する組織が大学と対の関係にあって、しかも同じ場所に存在していることです。東京大学TLOとUTECは、産学協創推進本部と同じ本郷キャンパス内の東京大学産学連携プラザの建物に入っています。

研究者が発明を大学に届け出ると、東京大学TLOとUTECに情報が共有され、ベンチャーとして起業するのに向いているかどうか討議することもあります。この発明届は年間600件にも上り、東京大学TLOが出願や権利化を担当するとともに、今後どう対応していくのか、3者が連携して見ていきます。これは東大の大変ユニークな取り組みだと思います。

また、ベンチャーの育成という面でもユニークな環境を整えています。ベンチャーを育てるインキュベーションスペースである「東京大学アントレプレナープラザ」は、東京大学産学連携プラザに隣接して建てられています。同じ本郷キャンパス内にあって、東大発ベンチャー企業が入居して、日々活動しています。

このアントレプレナープラザへの入居企業選考は大学側が行い、これまでに上場した東大発ベンチャー企業の多くが、ここから巣立っていきました。また、2011年度からはアントレプレナープラザ内に、起業を計画中か起業直後の起業家を対象とした共有インキュベーション室も開設し、ベンチャー支援組織の側で起業し、成長していくというロールモデルが生まれつつあります。

――ベンチャーを輩出するための仕組みも必要ですね。

各務氏 起業家を育成するという面でも“場”が提供されています。その代表的な活動が2005年から始まった「東京大学アントレプレナー道場」です。学生起業家を育成するために、産学協創推進本部とUTEC、そして東京大学TLOの3者で連携して運営してきました。

このアントレプレナー道場は、初級、中級、上級の3つの段階で運営され、初級コースでは毎回東大卒起業家などがゲスト講師として講義します。昨年の12期生までで約2400人の学生が参加して、その中から約100人、80社くらいが起業し、有名な起業家やビジネスの一線で活躍する人材が生まれています。

イノベーションエコシステムにつながる取り組みを強化

――学外とのつながりにはどんなものがあるのでしょうか。

各務氏 東大では学外とも連携した「イノベーションエコシステム」の創出にも注力しています。例えば、文部科学省の補助を受けて実施している「EDGE」というプログラムは、学術論文の形などでシーズはあるけれども、アプリケーションは決まっていない研究成果を基に、ビジネスプランをつくってシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストにプレゼンテーションするというものです。

このプログラムでは、各チームにメンターを2人つけて、座学から始まって、ビジネスプランをつくり、ブラッシュアップしながら研究者をイノベーション人材へと脱皮させる手伝いをしていきます。ここで重要なのは、投資家などの外部の人にビジネス価値が分かるようにする“ショーケース化”です。どんなに可能性がある研究成果でも、学術論文にとどまっているだけでは駄目で、ビジネスの匂いがしなければ協力は得られません。

日本と米国では学術的な研究成果自体には大差ありません。しかし、このショーケース化のところが日本は弱い。イノベーションとはあくまで目に見える製品やサービスであり、世の中の役に立つことで価値を持ちます。だからこそショーケース化は重要です。

さらに私たちの強みは、メンターのネットワークを持っていることです。ショーケース化にはこのメンターのネットワークが重要な役割を担います。起業経験者、ベンチャー支援の専門家である公認会計士、あるいはベンチャー・キャピタリストなど、すでに50人から60人のメンターが助けてくれています。このショーケース化のノウハウとメンターのネットワークがあることが、東大のユニークなところです。

――人的な支援体制が充実しているということですね。

各務氏 去年、学生の“モノをつくりたい”という意欲に応えるために、東大本郷キャンパスの近接地に「東京大学本郷テックガレージ」を開設しました。ここに工作機械やレーザーカッター、3Dプリンターなどを設置し、自由にモノづくりに取り組める環境を用意して、研究室のテーマ以外でも自由にモノづくりができるようにしています。

ここで誕生したプロジェクトから、具体的でユニークなプロトタイプを持った学生チームを米国のオースティンで開催されている「サウス・バイ・サウスウエスト」という大規模な展示イベントに派遣します。こうした座学だけではないモノづくりのためのプログラムを持っていることで、イノベーションのエコシステムがさらに広がっていくのだと考えています。

起業家がベンチャーを育てるサイクルができてきた

――ベンチャーへの注目度が高まっていますが、何か変化はあるのでしょうか。

各務氏 最近では、大企業がベンチャー企業と組むケースが増えています。グーグルは年間数十社もベンチャー企業を買収していますし、トヨタ自動車やパナソニックといった日本の大企業がベンチャー企業と協業するといったケースが増えてきました。以前は、大企業にとってベンチャー企業は支援するCSR対象という感じでしたが、ここ2年ほどで、お互いが対等の関係にあって、課題解決のために協業する対象へと変わってきました。

こうした大企業とベンチャーの連携という点でも東大はユニークな存在です。ミドリムシの培養で有名なバイオベンチャーのユーグレナや、ニュースのキュレーションアプリの世界をリードするグノシーといったロールモデルが身近にあることで、学生がベンチャーを見る目も変わってきました。

さらにユーグレナの創業者である出雲充さんが、今度はベンチャーキャピタルを立ち上げたように、起業家がベンチャー企業を育てるベンチャーキャピタルになるというような“ぐるぐる回りの仕組み”が出来上がってきているのです。東大発ベンチャーはすでに約290社生まれていて、世代が一巡して蓄積されたノウハウが次の世代に生かされつつあるのです。米国などでは以前からあった形ですが、それが日本では東大発で生まれてきました。

大事なのは、こうした取り組みを通して起業家をはじめ人の連鎖が生まれてくることです。その人たちを介して活動が伝播されることで、生態系と呼べるものができてきました。もちろん、ここまでくるのにそれなりの時間もかかり、年間600件という他大学に比べて多い発明の数があったことも幸いしました。そこに自分たちの学びを構造的に取り込んでいく仕組みが加わったことが、今のイノベーションエコシステムにつながっているのだと思います。

各務茂夫(かがみ・しげお)

東京大学 教授/産学協創推進本部 イノベーション推進部長。1982年一橋大学商学部卒業、スイスIMEDE(現:IMD)経営学修士(MBA)、米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院経営学博士取得。ボストン・コンサルティング・グループを経て、戦略コンサルティング会社コーポレイトディレクション(CDI)の設立に参画(創業パートナー)、取締役主幹、米国CDI上席副社長兼事務所長を歴任。学位取得後、世界最大のエグゼクティブサーチ会社の一つハイドリック&ストラグルズにパートナーとして入社。2002年9月東京大学大学院薬学系研究科教員。2004年東京大学産学連携本部教授・事業化推進部長に就任(~2013年3月)。2013年4月から現職。