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イノベーション

動き始めた協働のまちづくり――静岡県湖西市
市民と行政が協働で「高齢者福祉施設マップ」を作成

2016年10月14日

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静岡県湖西市は、市民活動センターが呼びかけて、福祉、医療、介護者、IT関係者のほか、市からも担当課が参加して、ケアマネジャーなどが使うデジタル版の高齢者福祉施設マップを作成した。介護施設、医院、地域の高齢者が集う「いきいきサロン」や「地域の居場所」などが1つのマップ上に表示され、連絡先も分かる。今まで縦割りだった関係者が横につながることができた意義は大きい。

「地域のチカラをマップにしよう」と作成に着手

湖西市民活動センター
事務局長
神谷 尚世氏

静岡県湖西市は、静岡県の最西端に位置し、浜名湖に面した人口6万人余りの自治体だ。自動車関連産業を中心とした工業の町で、製造品出荷額は全国でも上位にランクしている。同市では、以前から市民協働に力を入れ、市民活動センターを設けて、市民活動や社会貢献、コミュニティ活動に取り組んだり、これから取り組みたいという個人や団体、企業などの思いをカタチにするためのサポートをしたりしてきた。

2015年5月のある日、介護老人保健施設(老健施設)の相談員が湖西市民活動センターに相談にやってきた。その内容は、「病院や施設を退院・退所して、自宅で暮らすことになる高齢者に、地域の中で活用できる施設や病院などの情報を提供したいが、まとまったものがない。ケアマネジャーや相談員など専門家も知らないので、何か作れないだろうか」というものだった。

湖西市民活動センター事務局長の神谷尚世氏は「どうせマップを作るなら、紙ではなくITを活用したものを」と考え、ITの専門家で市民活動を共に行ってきた杉本等氏に相談した。杉本氏はそのときの思いをこう振り返る。「ITを使って、マップを作っても、最後は人が使うわけです。ですから、IT関係者が自己満足的に作るのではなくて、高齢者に関する情報提供が必要だと考えている関係者と協働で、情報を提供するマップを作っていこうと考えました」

そうした協働の考えを具現化するため、湖西市内の介護施設、NPO法人、社会福祉協議会、介護者などの市民、市議会議員、IT系企業、湖西市役所の市民協働課、長寿介護課などに呼びかけて、マップ作成のための集まりを定期的に開くことにした。メンバーは20数人になった。

市役所の関わりについて、湖西市役所市民協働課の石田裕之氏は次のように語る。「市役所は管轄ごとの縦割りで仕事をしているので、協働という意識があまりありません。そこで、長寿介護課にも呼びかけて、『やってみよう』という若手職員を中心に参加しました」

フリーの地理情報とオープンソースを活用

株式会社パドラック 
代表取締役社長
杉本 等氏

一般に、高齢者は病気で入院していた病院から老健施設に移っても、半年しかいることはできない。そこで、在宅で介護生活を送ることになるが、中には介護認定が受けられない人もいる。湖西市の場合、そうした人が自宅に戻った後に通う先はデイサービスではない。社会福祉協議会の働きかけで作られ、地域の自治会単位で運営されている「いきいきサロン」や、より狭い範囲で、個人が知人を対象にボランティア的に営んでいる「地域の居場所」になる。逆に、最近までいきいきサロンに通っていたが、病気になって介護認定を取った人やその家族は、家の近くで通うことができるデイサービスを知りたいと考える。いきいきサロンや地域の居場所が運営されているという湖西市の事情を考えると、介護者や高齢者の立場に立ったときに、行政が持っている介護保険・医療関連の情報だけをマッピングしても、役に立たない。

「高齢者が地域でどう暮らしていけるのかという視点が必要だと思います。そのために、マップでは地域が持っている社会資源全体をトータルに提示する形にして、ケアマネジャーなど高齢者福祉の専門家が使えるようにしたいと考えました」と神谷氏は強調する。

マップは情報の更新が可能で、地域を選択して紙に印刷して、高齢者本人や家族などの介護者に手渡せるものにしようと計画。そのため著作権を考慮し、フリーの地理情報データ作成に取り組んでいるプロジェクト「OpenStreetMap(OSM)」を活用することにした。また、参加しているIT企業もボランティアなので、負担をかけずに作れるよう留意した。

「札幌の『さっぽろ保育園マップ』がオープンソースで公開されているので、高齢者施設を表示する部分はそれを改変して活用することにしました。新たな開発が発生しませんし、オープンソースなので公開後は他の自治体でも利用できます」(杉本氏)

住民が行政のオープンデータを精査し
行政にないデータを取りまとめ

静岡県湖西市役所
企画部 市民協働課
課長代理
石田 裕之氏

2015年5月から始めた運営委員会は神谷、杉本両氏のネットワークの中で、意欲的に活動している人たちに集まってもらったため、初回から話し合いも非常に活発なものとなった。その中で、最初に介護施設をよく理解しているものの、ネットワークがなく、情報共有もできていなかった福祉の専門家向けの高齢者福祉施設マップを作成するという方針を固めた。

マップの作成にあたり、介護施設と病院関連の情報は、市役所の長寿介護課に全公開情報を提供してもらった。公開情報の電話番号確認は会議参加メンバーが手分けして行い、施設の写真撮影なども行った。また、今までまとめられたことがなかった市内に多数存在するいきいきサロンや地域の居場所の情報は、社会福祉協議会に取りまとめてもらった。

2015年7月ごろから、実際に情報をマップに入れる作業を開始。メンバーは立場によって、欲しい情報が異なるので、入れる情報については話し合いながら決めていったという。「特に意識したのは情報を多く入れ過ぎないことです。情報がたくさんあると、マップでそれを見て分かったつもりになってしまい、直接施設に出向かなくなってしまいます。それが一番怖いので、最低限の情報を入れて、あとは自分の目で見てもらうほうがよいということになりました」(神谷氏)

マップの表現で一番腐心したのが、在宅介護生活を送る要介護者やその家族の相談窓口となる地域包括支援センターの境界の表示だ。湖西市には中学校は5学区あるが、地域包括支援センターは4つしかなく、その境界が分かりづらい。センターの管轄エリアの真ん中の住民はよいが、境界近くの人は分からないので、それがマップで分かるようにすることを目指したという。

「地域包括支援センターは、住民が生活する上での基礎単位となる自治会を基準にエリアが定められています。ただ自治会は歴史的な経緯から、飛び地などがあり複雑で、市役所からも地図に手で書き込んだものしか提供してもらえませんでした。そのため、今回は詳細には提示し切れませんでしたが、それでも自分がどこの包括支援センターに行けばよいか、大まかには分かるようにできました」(杉本氏)

行政と企業や専門家を巻き込むことで
副産物が生まれ、次につながる

2016年3月、介護施設、医院、歯科医院、いきいきサロン、地域の居場所を網羅して、位置データ、連絡先、営業日・営業時間が地図上にマッピングされた「地域のチカラをマップにしよう!高齢者版」が完成。PCやスマートフォンのブラウザーから自由に参照することができるようになった。

湖西市内の高齢者福祉施設マップ「地域のチカラをマップにしよう!高齢者版」の画面例
Map© OpenStreetMap contributors

「行政が持っているオープンデータは当然公開されて利用されるわけですが、今回の取り組みがよかったのは、オープンデータをそのまま載せるのではなく、市民が行政のデータを精査したこと。そして、市民がいきいきサロンや地域の居場所など行政が持っていないデータを集めて、自分たちでオープンデータを作ったことです」(杉本氏)

2016年9月には、市内のケアマネジャー全員が集まった会議で、高齢者福祉施設マップが正式に披露され、実際の利用が始まった。運営会議では専門家に高齢者介護の現場で使ってもらいながら、マップを改善し、さらに使いやすくしていく計画だ。「湖西市としては、高齢者福祉の専門家が集まり、議論して作り上げたマップですので、他の自治体に積極的に発信していきたいと考えています。また、マップを広く活用してもらうために、情報政策課にも運営会議に参加してもらいましたが、様々な関係者を巻き込んで新しいものを作り出していく今回のやり方を、他の事業にも取り入れていきたいと思います」(石田氏)

今年の夏には、市民活動センターが中心になって、小学生1年生から6年生まで70人ほどが、「やるキッズ!小学生まちづくりリーダー研修 まちあるきマッピング」として、タブレットを持って、街の中の消火栓、車いす用トイレ、自販機の位置をマッピングした。車いす用トイレは行政がつかんでいない情報で、災害時の利用など活用範囲は広く、将来的には高齢者マップとつないでいく計画だ。

「運営会議の議論は、オープンデータの『オ』も分からないメンバーが集まって、オープンデータとは何かというところから始まりました。そして、行政から情報開示を受け、その重要さとそれを分かりやすく伝えることの大切さを学びました」と神谷氏。取り組みを始めると、副産物がいろいろと生まれ、高齢者福祉施設マップからまちあるきマップというように次々につながっていったという。「今回の経験から、オープンデータは行政と市民の協働による地域課題解決の道具の1つだということを実感しましたので、今後積極的に活用したいと考えています」と神谷氏は今後の抱負を語る。

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