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イノベーション論説

イノベーションを起こすために「グローバル化」より大切なこと
競争戦略の“型”を見直し、新たなエコシステムをつくり上げる

2016年10月20日

経営学者として早稲田大学で教鞭を執りながら、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』などのベストセラー著書を持つ早稲田大学ビジネススクール(早稲田大学大学院経営管理研究科)准教授の入山章栄氏。グローバル経営の本質に鋭く切り込む同氏が、日本企業が持つべき視点、イノベーション創出やエコシステム構築を実現するためのポイントを提示する。

グローバル企業を目指す必要はない

――国内市場が縮小する中、多くの日本企業の経営課題としてグローバル化への対応が指摘されて久しいですが、それを実現するためには何が重要なのでしょうか。

早稲田大学ビジネススクール 准教授
入山章栄氏

大事なのは、グローバルという言葉に惑わされないことです。グローバル企業やグローバル人材、グローバル化など、様々な場所で「グローバル」という言葉が使われていますが、グローバルをきちんと定義して考える必要があります。

米国インディアナ大学のアラン・ラグマン教授が「ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ」に2004年に発表した論文では、グローバル企業を世界中で満遍なく戦える企業とし、欧州、北米、アジアの3地域でその企業固有の優位性(Firm Specific Advantages)を発揮できる企業と定義しています。その上で、売り上げ構成が自社の地域が5割以下で、他の2つの地域がそれぞれ2割以上の企業を「真にグローバルな企業」と定めました。この指標を基にフォーチュン・グローバル500の企業からデータが入手できた365社を調べたところ、9社しかありませんでした。

もちろん、これは学術的な定義です。しかし、重要なのは、フォーチュン・グローバル500のような世界に名だたる大企業の中でも、「世界中で満遍なく売り上げを上げられている企業」をグローバル企業とするなら、そういう企業は3%以下しかない、という事実です。ちなみに、この中に日本企業は3社しかなく、トヨタやホンダは入っていません。両社とも、国内を含むアジアや北米では売り上げを出していますが、欧州の売上比率が低いからです。

世界に名だたる数百社の多国籍企業の中にも、真にグローバルな企業がほとんど存在しないのであれば、日本企業の多くはそもそも「グローバル企業」を目指す必要があるのでしょうか。1企業が世界中で満遍なくどの国でも通用する力を持つということは、不可能に近いといってもよいのです。

――では、今後世界の市場でシェアを獲得していくために、どのような経営戦略やビジネスモデルが求められるのでしょうか。

もちろん、経営戦略やビジネスモデルは、企業によって異なりますが、企業が世界中で通用する固有の強み(Firm Specific Advantages)を追求するのではなく、特定の地域で通用する優位性(Regional Specific Advantages)が何かを考える必要があります。多くの企業は、日本だったらアジア、フランスだったら欧州など、自分のいる地域で高い強みを持ち、自社の本社がある地域で多くの売り上げを上げています。まずは、世界中で戦っているグローバル企業はわずかであるという現状を認識し、「自社の強みは世界中で通用するのか」「アジア限定ではないのか」などを深く考えることが重要だと思います。

日本企業がアジアで強いのには理由があって、地理的条件だけでなく、日本企業がそもそも優秀な社員に基づいた現場の強さで勝ってきた特徴があると思います。例えば、アジアには優秀な人材がいて、日本企業の評価も比較的高いので、優秀な人材も集まりやすく、日本企業の強みである現場の強さなどを吸収してくれます。

一方で、欧州では、必ずしも従業員が均一的に勤勉ではなく、日本企業のプレゼンスも低いため、優秀な人材の確保に苦戦することになり、現場力が発揮できない場合があります。自社の強みが、どの地域で発揮できるのか、どの地域の環境に適しているのかを考える必要があります。

市場を獲得していくためには、もちろん全ての地域で売り上げを確保するのが理想です。実際に、アジアと北米で成功していれば、経営陣は「欧州でも売れる」と考え、欧州進出を目指すのが普通でしょう。そこで、欧州で売り上げが出なければ、「日本、アジア、北米で売れているのになぜだ」と思考停止になってしまう。そこは、発想を逆にして、そもそも欧州では自社の強みが通用しない可能性を認識して、その理由を考え、世界中で満遍なく通用する強みを持つことは難しいことを知るべきです。

3つの競争戦略から考える日本企業の課題

――日本企業がアジアやその他の地域に進出するにあたって、競争戦略の弱さや柔軟性のなさで市場を獲得できないことが多々あるように感じています。どのような課題や問題があるのでしょうか。

例えば、競争戦略は全ての企業に当てはまるわけではなく、大きく分けて3つの競争戦略があり、それに適した型があります。

1つ目は、マイケル・ポーターが提唱したSCP(Structure Conduct Performance)戦略で、比較的安定した業界で規模の経済を追求してコストダウンを図ったり、差異化で競争を避けたりする、といったものです。比較的安定した寡占マーケットに向き、化学産業や飲料メーカーに向いています(IO型)。

2つ目は、ジェイ・B・バーニーのRBV(Resource Based View)戦略で、戦う中で自分たちの強みを磨いていくものです。自動車や以前の家電メーカーのような、技術力の高い企業に向いています(チェンバレン型)。

3つ目は、リーンスタートアップ型で新規事業を積極的に行うリアルオプション戦略です。業界や事業環境の変動が多いIT企業などに向いており、慎重に物事を計画するよりも、新規事業を次々に立ち上げて、失敗したらやめるといった企業です(シュンペーター型)。

競争戦略と「競争の型」の関係出典:『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(入山章栄著、日経BP社)

日本に多いモノづくり企業は、チェンバレン型で切磋琢磨してきましたが、日本の市場が縮小してきて中国やインドに進出しても、中国やインドの競争環境はチェンバレン型ではない可能性があります。これらの市場では、非常に優れたよいモノを評価するよりも、そこそこの機能でもいいから安いモノを評価します。

したがって、打ち手として重要なのは高い技術でよいモノを作るのではなく、規模の経済を生かしてそこそこの製品を安価に提供し、大量に広告を出してブランド価値を高めることになります。韓国のサムスンやLG、中国のOPPOは、この手法で市場を拡大しています。チェンバレン型のRBV戦略では、通用しないのです。変化の激しいIT産業と関わりの深い日本の家電メーカーも、じっくりモノを作り込む戦略を好み、意思決定が遅い傾向があります。

つまり、海外進出やITの変化で業界環境がこれまでとは違っているのに、戦略がついていっていないことが問題なのです。しかし、長い歴史の中で培ってきたRBV戦略を変えるのはとても難しく、RBV戦略に順応したマインドや組織が出来上がっているので、すぐにSCP戦略やリアルオプション戦略を取れないのが現状です。

――日本の企業にも戦略の変革が求められていると思いますが、SCP戦略やリアルオプション戦略を取るために重要なことは何でしょうか。

責任の取れる経営者が必要です。例えば、RBV戦略は現場が重要なのに対し、SCP戦略やリアルオプション戦略は経営者が責任を取って、リーダーシップを発揮する必要があります。SCP戦略でコストダウンを図ったり、競合との差異化を図ったりするには、強力な意思決定が必要となります。リアルオプション戦略で新規事業を行う際にも、トップが責任を取って、「失敗してもよいからやる」というマインドを組織に浸透させる必要があります。

日本企業の多くでは、現場からたたき上げで経営層となるケースが多いことも課題ですね。現場から経営者となった人は、ビジョンを持って大胆な戦略を行うリーダーとなる経験や意識が弱いことが多い。外から取締役を迎え入れるケースも増えてきましたが、まだ足りません。経営手腕を発揮できる外国人を呼ぶのも1つの手ですが、日本人であっても外資系企業で経営層まで行けた人材は、戦略的な経営を行えると思います。先日LIXILの社長兼CEOを退任された藤森義明氏は米国GEの上席副社長だった人で、カルビーの会長兼CEOの松本晃氏もジョンソン・エンド・ジョンソンの社長を務めていました。

エコシステムとイノベーションにおいて重要なこと

――これまでは企業の戦略についてお伺いしましたが、次に企業がイノベーションを創出するために必要なことをお聞かせください。まず、企業間連携や共創、ビジネスエコシステムなどについて、どのようなお考えをお持ちですか。

エコシステムにおいては、まず「箱は関係ない」という話をよくしています。エコシステムを話す上で、企業と企業のつながりといった話はよく出てきますが、重要なのはイノベーションであり、イノベーションを起こすのは企業という箱ではなく、人が動くことなのです。例えば、企業がベンチャーと提携しても、人の交流がなければ、イノベーションで重要となる既存知と既存知の組み合わせによる新しい知が生まれません。エコシステムとは、企業レベルの話ではなく、人を動かすことだと考えています。

事業部制を採用する大企業では、事業部間の人の交流が少なく、大きな会社の狭い世界でサラリーマン人生を終えるという人が結構います。これでは会社の中でも知と知の交流が生まれず、会社の中でもイノベーションは起きないことになります。

――人材の交流以外で、イノベーションに重要な要素を教えてください。

まずは、失敗することですね。失敗しなければ、イノベーションは起きません。例えば、実はスティーブ・ジョブズは、出した製品のほとんどは失敗しています。新しいことをやるには、失敗しても続けられることが重要ですが、普通は企業内での人事評価は「成功か失敗か」で決められてしまいます。

日本企業は、安心・安全という言葉を好むところが多いですが、そういう環境では失敗が一度も許されないため、イノベーションは生まれません。したがって、どこかで失敗してもよいという仕掛けをつくる必要があります。例えば、サイバーエージェントでは、社内に失敗自慢をする空気をつくっています。大企業では非常に難しい課題ですが、少なくとも失敗しても非難しないようにはしたいですね。失敗を許容し、失敗から学ぶことが重要です。

また、違う考えを受け入れるということも重要です。多様な考え方やアイデア、経験を持った人がいなければ、知と知の組み合わせが起きません。逆に言えば、多様な考え方の人がいれば、何かのアイデアが出たときに必ず反対意見が出てきます。これも日本企業の苦手なところで、基本的には全員反対か全員賛成の全会一致を求める傾向があるため、イノベーションが起きにくくなっています。反対意見が出ると人格を否定されているような気分になる人も多いですが、反対意見もある中で議論して方向性を決められる組織が重要で、もめても方向が決まったらそのビジョンに向かっていく必要があります。長期的なビジョンで同じ方向に進むためにも、やはり強いリーダーや経営者が必要になりますね。

――これから海外に出て市場を広げようと考えている企業に対して助言はありますか。

ビジネスエコシステムは、ビジネス相手のことだけを考えるのではありません。特に、これから新興市場で戦う上では、その国の政府や司法などのノンパブリック・セクターやノンプロフィット・セクターとのエコシステムをいかに築くかが重要です。

インドネシアで新幹線が負けたように、日本企業はこの部分がまだ弱く、制度の整っていない国では正々堂々と戦っても勝てません。こちらがいくら正しくても、訴えられれば、司法システムがしっかりしている先進国なら2年で勝てるはずの裁判が、新興国では10年かかって負けてしまうこともあります。賄賂や袖の下を渡せとまでは言いませんが、政府機関などにうまくアプローチして人脈をつくり、ロビー活動を行って、うまく立ち回る必要があります。そのための人材を獲得・育成して、エコシステムをつくり上げる必要があると思います。クリーンなエコシステムや競争戦略のためのエコシステムだけでなく、こういった部分でのエコシステムも重要なのです。

入山 章栄(いりやま・あきえ)

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年から米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネス・スクール助教授。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。