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AI(人工知能)IoT

ビジネスエコシステムを巡る大競争と
日本企業が克服すべき課題

2016年7月25日

今、グーグルやアップルなどのIT業界の巨人は一方で協力関係を維持しながら、ビジネスエコシステム競争を戦っている。そこには、明確な戦略がある。一方の日本企業は、インターネットの世界におけるエコシステムを理解するまでに長い時間がかかったように見える。とはいえ、日本には依然として大きなポテンシャルがある。戦い方次第、リーダー次第で成長への道を切り拓くことはできる。「iモード」で新しいエコシステムを構築したNTTドコモで、その戦略づくりを担った夏野剛氏が語った。

コンテンツ提供企業を増やし
トラフィックで稼ぐiモードの戦略

エコシステムという言葉は、ICT分野のビジネス戦略を語る際によく使われる。最近では、様々な分野にも広がってきた概念だ。

慶應義塾大学 政策・メディア研究科
特別招聘教授 夏野剛氏

その先駆けともいえるのが、NTTドコモが1999年にサービスを開始した「iモード」である。その戦略立案に深く関与した夏野剛氏はこう振り返る。

「iモードでは、エコシステムを強く意識してビジネスモデルを考えました。大事なことは、自分たちだけで独占しないこと。なるべく多くの会社が参加できるようにして、トラフィックを増やす。これにより、ドコモの収益拡大を図るというモデルです。多様なコンテンツをつくりやすくするため、仕様はHTMLとしました」

iモードの爆発的なヒットにより、日本には世界に先駆けてモバイルインターネット環境が普及した。これに注目したのが、グーグルである。2006年、夏野氏のもとに当時のCEO、エリック・シュミット氏が訪ねてきたという。

「日本の多くのユーザーがモバイル環境からグーグルの検索サービスを使っている。同じような環境を、世界中に広げたい。そのための訪問でした。ネットにつながる人やデバイスが増えるほど、自分たちのチャンスが拡大するというのがグーグルのビジネスモデルです。当時、世界ナンバーワンのモバイル端末メーカーであるノキアにモバイルインターネットへの取り組みを働きかけたようですが、反応は冷たいものだったそうです」

その後、グーグルの狙い通り、モバイルインターネットは世界中に広がった。同社が各メーカーに無料で提供するモバイル向けOSの「Android」は、戦略的に重要な役割を担っている。

インターネット登場で変わった競争ルール
対応が遅れた日本

「ときどき“Android対iOS”、つまりグーグル対アップルがモバイル市場で覇権を争っているという記事を見かけることがありますが、皮相な見方だと思います。グーグルとアップルでは、もうけどころが違う。両社は異なるビジネスエコシステムを構築しているのです」と夏野氏は説明する。

グーグルはモバイルインターネット環境の拡大により収益を伸ばしている。だから、OSは無料でも全く問題がない。一方のアップルは収益源としてのiPhoneなどハードウェアの差異化要素として、iOSを活用している。両社はライバル同士という側面はあるものの、補完関係と見ることもできる。例えば、グーグルはiOS端末に対して数多くのアプリを提供している。

大手米国企業のエコシステム比較出典:慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授 夏野剛氏

一方で協調しつつ、他方で激しく戦う。グーグルやアップル、アマゾン、マイクロソフトといった巨人たちは、以前とはゲームのルールが変わったインターネットの世界でエコシステム競争を演じている。ゲームのルール変化に気づくまで、日本企業は長い時間を要した。典型的なケースとして、夏野氏はアップルが2001年にリリースしたiPodを挙げる。

「当時、多くのメーカーの人たちに『どう思う?』と聞きました。返ってきた答えは『これはHDD付きの携帯音楽プレーヤー』というものでした。『バッテリーがすぐに切れるし、HDDは耐久性に問題がある』、だから『自分たちの商品のほうがいい』と。日本のメーカーはiTunesを軽視しました。iPodは音楽をインターネット経由でダウンロードすることを前提としたプレーヤーだったのです」

ものづくりへのこだわりが強い日本のメーカーは、インターネットという新しい世界への適応が遅れた。それは、日本社会にもいえることだ。

日本が停滞する間に、米国経済は約3倍に成長

出典:慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授 夏野剛氏

「1990年代前半から2010年代前半に、日本のGDPはほぼゼロ成長です。一方、米国のGDPは約3倍に増えています。米国では人口が約3割増えたことも理由の1つですが、それ以上に生産性を向上させて経済規模を拡大させました。なぜ、日本では生産性がほとんど上がっていないのでしょうか」と夏野氏は問いかける。そして、法規制の壁について語った。

「2013年、最高裁まで争った末に、ようやく一般用医薬品(大衆薬)のネット販売が認められました。しかし、処方箋薬のネット販売は認められていません。他人に処方された薬を欲しがる人っていますか? 本来なら処方箋薬こそ、ネット販売に適しているはずです」

もう1つの例は、公職選挙法だ。つい最近まで日本では、候補者が選挙期間中にウェブサイトを更新することが認められていなかった。2013年にこの規制は緩和されたが、今も有権者が候補者から届いた電子メール宛てに送信できないなど、制度の使い勝手の悪さが目立つ。

「ICTがなかった頃のルールを援用して、いまだに『これはダメ、あれもダメ』とやっている。これで、日本全体の生産性が上がるでしょうか」(夏野氏)

3つのICT革命とIoT、AI
リーダー次第で日本は成長する

政治だけでなく、民間企業もまた日本の低生産性に責任を負っている。夏野氏が例として挙げたのは、「業務効率より管理を優先する情報システム」である。「何か問題が起きたら情報システム部長の責任になるので、ガチガチに固いルールや仕組みをつくってしまう。そのとき、業務効率については気にしません。セキュリティのリスクをどの程度まで許容するか、業務効率とのバランスなどは経営者が判断すべきことです」

今、3つのICT革命が進行していると夏野氏は指摘する。「効率革命」「検索革命」「ソーシャル革命」である。

21世紀、3つのIT革命が進行中

出典:慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授 夏野剛氏

「多くの日本企業は、効率革命をアウトプットに結びつけることができていません。また、検索革命によって、個人の情報収集能力が飛躍的に高まりました。以前は組織に所属していなければ情報が入ってこないので、組織名によって個人の専門性は評価されていました。今は組織に所属する必要はなく、在野に山ほどの専門家がいる時代です。例えば、研究開発のあり方なども変える必要があると思いますが、そのような動きはあまり見えてきません」(夏野氏)

もう1つのソーシャル革命についても、後ろ向きの雰囲気がある。大企業の多くは、社員がFacebookやTwitterで仕事に関連するコメントを発信することを制限している。夏野氏は「発信力のある社員が増えれば、企業にとってもメリットがあるはず」という。

3つのICT革命により、知識ネットワークの形は大きく変わった。また、突出した個人の能力が大きな価値を生むようになり、社員の平均点が高いだけの組織では優位性を構築しにくくなった。「個人と組織との力関係は、大きく変わりつつあります。多様化する社会や組織の意味を、私たちは真剣に考えなければなりません」と夏野氏は強調する。

さらに、今新たなICT革命の波が押し寄せようとしている。IoTやAI(人工知能)などの動きだ。
第4のIT革命(AI革命)が始動

出典:慶應義塾大学 政策・メディア研究科特別招聘教授 夏野剛氏

「2015年、AIの画像認識能力は人間のそれを超えました。様々なところで生成される大量のセンシングデータを見ても、人間には理解することができませんが、AIにはそれが可能です。今後、様々な業務をAIが担うことになるでしょう。では、人間は何をすべきか。想像力や創造力が問われる分野にシフトしていけば、人間はAIとうまくすみ分けることができるはずです」(夏野氏)

今後、ますます環境変化は激しくなる。日本社会と日本企業はそんな時代にどう向き合うべきだろうか。夏野氏は課題と希望の両方を語った。

「個性軽視、議論軽視、予定調和好きな文化を変えていく必要があると思います。また、利害調整型のリーダーが多過ぎることも問題です。リーダーの役割はリスクを取って自らの責任で決断し、率先垂範すること。日本には資金力、教育水準、ものづくり力などのポテンシャルがあります。リーダー次第で、日本はまだまだ伸びる余地があります」

今後、労働人口が急速に縮小する中、日本社会のあらゆる分野において生産性向上への取り組みはまったなしだ。民間企業はその先頭に立たなくてはならない。リーダー、または経営者の責任は極めて重い。