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地域地方創生異業種連携

ICT産業誘致で新たな成長を目指す「ヨコスカバレー」構想の狙い
官民連携の原動力となった人口流出の危機感と地元愛

2017年3月23日

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神奈川県横須賀市の人口は減少傾向にある。近年は大規模な工場の縮小や転出などが相次ぎ、市民の間で危機感が高まった。そのような折、市長の呼びかけに応える形で2015年7月に「ヨコスカバレー構想実現委員会」が発足。ICTによる活性化を目指して、官民が連携してハッカソンや学生へのプログラム研修など、意欲的な活動を続けている。その活動の狙いや中身について、2人の中心メンバーに聞いた。

全国一の人口流出都市という危機意識が官民を動かす

神奈川県横須賀市は三浦半島の付け根から中央部にかけて広がる、人口40万人強の都市である。東京まで電車で1時間ほどのロケーションで、東京や横浜に通勤する人も多い。地理的には比較的恵まれているようにも見えるが、横須賀市もまた、全国的に進行する様々な社会課題と向き合っている。

地元の人たちに衝撃を持って受け止められたのが、2014年に総務省が公表した数字だった。2013年に、横須賀市は全国一の人口流出都市となったからだ。この年の「(転出者数)-(転入者数)」は1772人。自動車産業をはじめとする企業の転出、事業縮小などが大きく作用した結果のようだ。
こうした状況が多くの市民に危機感をもたらした。「雇用の場をつくる必要がある」「もっと横須賀の魅力をアピールしよう」「高齢化や空き家の増加などの課題に向き合おう」。そうした危機意識が生み出した地元の人たちの活動が、「ヨコスカバレー構想」である。

最初に声を上げたのは市長の吉田雄人氏である。ただ、吉田市長は市役所主導の活動という枠組みは避けたかったようだ。

ヨコスカバレー構想実現委員会
会長 水野堅市氏
(株式会社ステップホールディングス
代表取締役社長)

「ICT企業の誘致・集積を図り、横須賀をもっと活性化したい。そんな市長の呼びかけに応じて、10人のボードメンバーが集まりました。こうして、2015年7月にヨコスカバレー構想実現委員会が発足。これまで、ハッカソンをはじめ様々な活動をしてきました」と語るのは、実現委員会の会長である水野堅市氏だ。水野氏は、通信関係のソフトウエア事業などを展開するステップホールディングスの代表取締役社長である。

具体的な活動は9つのユニットに分かれて実施されている。ハッカソンユニットや観光人口増加ユニットなどがあり、ユニットごとのプロジェクトチームを編成。例えば、年に数回開催されるハッカソン/アイデアソンでは、観光資源を有効活用するアプリのプロトタイプづくりなどが行われた。また、地元の中学生から高校生、大学生などを対象にプログラミングを学ぶ機会を提供するユニットもある。

「6カ月間でプログラミングを学べる無料の研修で、最終的にはスマホのアプリを自分でつくってもらいます」とボードメンバーの1人、相澤謙一郎氏は話す。相澤氏はソフトウエア開発事業などに取り組むタイムカプセルの代表取締役である。

ヨコスカバレーのWebページ

ICT研究拠点や東京へのアクセスの良さが横須賀の強み

10人のボードメンバーには吉田市長も名を連ねているが、そのほかは企業経営者などの民間人である。水野氏は「ボードメンバーのほとんどは民間ですが、市やヨコスカバレー事務局の横須賀市産業振興財団とは、様々な相談、連絡、支援などで連携しています」と話す。例えば、横須賀市以外の企業との連携を図る際、市が仲介役を担うことで話が進みやすくなることも多いようだ。

ヨコスカバレーという名称にも表れているように、この活動の主要なフィールドはICTである。そこには、いくつかの理由がある。

まず、横須賀市の中心部からクルマで15分ほどの場所にある横須賀リサーチパーク(YRP)の存在が大きい。YRPにはNTTドコモをはじめ、多数のICT企業が研究開発拠点を置き、数千人の研究者や技術者たちが働いている。

ヨコスカバレー構想実現委員会
ボードメンバー
相澤謙一郎氏
(タイムカプセル株式会社
代表取締役)

「2020年の東京五輪に向けて、YRPでは次世代の移動体通信規格である5Gの研究開発が加速するでしょう。また、IoTなども重要なテーマです。YRPのテクノロジー企業は、自分たちの技術を生かせる可能性がある、具体的な社会課題を深く知りたいと考えています。その社会課題は、目を凝らせば地元にいくらでもあります。YRPの技術と地元の社会課題を橋渡しするのが、私たちの大きな役割の1つだと考えています」と水野氏。

相澤氏がこう続ける。「YRPでは世界最先端の研究が行われています。IoTやVR(仮想現実)、AR(拡張現実)などに取り組むベンチャー企業や既存のICT企業にとって、大きなチャンスがある場所だと思います」

プログラミングのような業務は、インターネットとPCさえあればどこででもできる。最近は地方のサテライトオフィスなどでICT関連の仕事をする人が増えているが、横須賀には海や緑といった地方の良さがある上、東京に1時間で行くことができる。「ICT関連企業にとっては、絶好の場所ではないかと思っています」(水野氏)

水野氏、相澤氏ともに地元出身で、今もここで仕事をしている。地元への愛はヨコスカバレー構想を前に進めるエンジンなのだろう。

横須賀は首都圏への交通の便の良さと、穏やかな気候や自然の両方がある

周辺地域と共同でハッカソンを開催
互いを知り合うことで協業が広がる

ヨコスカバレー構想実現委員会には現在、71人がメンバーとして参加している。学生を含めて若い会員が多く、中心となって活動しているのは20~40代前半の若い世代とのこと。面白いのは、ボードメンバーの中にICTで鎌倉市を盛り上げようと活動する「カマコンバレー」のメンバーが加わっていることだ。

「横須賀の人たちの生活圏は横浜市から鎌倉市、三浦市などに広がっています。こうした地域では共通する課題がある一方で、地形的、文化的な多様性にも富んでいます。お互いのことをもっとよく知ることで、協力したり補完し合ったりできる部分も出てくるのではないか。そんな思いから、周辺地域との連携にも目配りしています」(相澤氏)

横浜市と鎌倉市の団体と共催したハッカソンはすでに2回実施した。成果発表会は、1回目は横浜市立大学、2回目は観光スポットとして人気が高まっている横須賀市の猿島で行った。高校生からシニア層まで幅広い参会者が集まったという。

歴史を振り返れば、日本の近代産業は横須賀で産声を上げた。横須賀製鉄所(造船所)は幕末に建設が始まり、明治初年に完成。周囲には様々な関連工場が立地した。横須賀市は、先端テクノロジーにけん引されて成長した都市である。

そして今、先端的なICTをテコに、横須賀市は次の成長ステージを目指している。官民が連携するヨコスカバレー構想実現委員会には、その成長をドライブする大きな役割が期待されている。

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